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「リスク対策.com」サイトの読者の皆様の中には、災害や事故などに対する緊急事態対応を実施した後に行う検証作業の重要性をご存じの方も多いのではないかと思う。欧米では「after action review」(AAR)または「post-incident review」という呼び方で、実際に自らが経験した緊急事態対応の内容を振り返り、教訓を学び取って今後の緊急事態対応に反映させるための活動として広く実施されている(注1)。また、その検証結果が報告書として公開されれば、他の組織にとっても貴重な資料となりうる。

今回紹介させていただく報告書は、新型コロナウイルスの流行によって世界中で繰り広げられたパンデミック対応をレビューして、教訓を学び取ろうとするものである。もちろんパンデミックは未だ収束しておらず、世界各国で程度の差こそあれ、依然として対応活動が続いているが、本格的なパンデミック対応が始まってから2年以上が経過しているということもあり、適当なタイミングで一旦区切って、そこまでの状況を総括することも有意義だと思われる(注2)

本報告書をまとめたのは、英国の王立工学アカデミー(Royal Academy of Engineering)などによって立ち上げられた「Engineering X Pandemic Preparedness」という研究プログラム(注3)で、工学分野(engineering)での国際協調を推進することで、パンデミック対策に関する課題解決をめざす活動である。したがって本報告書で取り扱われている内容も、工学分野における取り組みが中心となっている。

なお本報告書は下記URLから無償でダウンロードできる。
https://raeng.org.uk/media/ujmjkc11/engineeringx_global-covid-review_full-report_aug31_-fd-edits_2.pdf
(PDF 115ページ/約 20.8 MB)

本報告書の作成にあたっては、パンデミック対策に関する課題を工学の力で解決した事例が世界各国から収集され、それらの経緯や結果などがレビューされている。図1は、それらの検討結果を踏まえて、パンデミック対策において特に工学によって解決すべき課題と、それらの関連性をまとめたものである。

画像を拡大 図1.  パンデミック対策において特に工学によって解決すべき課題 (出典:Engineering X / Global review of the engineering response to COVID-19: lessons learned for preparedness and resilience)

さらに本報告書では、図1にまとめられた6つの課題に関連する事例が多数掲載されている。例えば図1の①の部分は、さまざまな意思決定に必要なデータの収集方法や、それらのデータの品質や信頼性に関する課題であるが、これに関連する事例としてカンボジアの「115 Digital Hotline」が紹介されている。これは2016年に稼働開始したシステムで、感染症の発生に関する報告の電話を自動音声応答によって処理することで、1日あたり最大500件の報告を受け付け、地域における感染症の流行状況を把握できるようにしたものである。新型コロナウイルスによるパンデミック発生時には、これの処理能力を1日あたり18,000件まで対応できるよう拡張することで、カンボジアにおける感染者の90%を記録・追跡できたという。

また、⑤の部分は必要な物品をいかに遅延させずに届けるかという課題である。これに関しては、遠隔地にある病院に設置されている酸素タンクの残量をリモートで把握できるようにし、サプライチェーンに起因する遅延を見越して早めに供給するようにした南アフリカの事例や、アンデス山脈のコミュニティにドローンで医療資材を配送したペルーの事例などが紹介されている。