トランプの思惑と国際秩序の行方

上智大学総合グローバル学部 前嶋和弘教授に聞く

 

前嶋和弘氏
まえしま・かずひろ

1990 年上智大学外国語学部英語学科卒業。97 年ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、2001 年メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。敬和学園大学准教授、文教大学准教授を経て2014 年4月より現職。専門は現代アメリカ政治・外交。24 年までアメリカ学会会長も務める。「アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア」(北樹出版)など著書多数。


アメリカとイスラエルが2月28日、イランへ大規模な軍事作戦を開始。イランは周辺諸国の米軍基地に報復攻撃を行うとともにホルムズ海峡を封鎖し、中東全体を巻き込む紛争に発展した。世界経済に与える影響は大きく、早期停戦が待たれるが、長期化の可能性も消えていない。アメリカ政治に詳しい上智大学教授の前嶋和弘氏に、トランプ政権の思惑と今後の軍事行動に影響を与える要因、地政学リスクの変化を聞いた。(インタビューは3月16日)

――そもそもアメリカはなぜイランにこれほど大規模な攻撃を行ったのでしょうか?
トランプの思惑からすると、一つは支持層が喜ぶ「世直し」です。長年の間アメリカが敵とみなしてきた国を、ここぞとばかりに叩いていく。1月のベネズエラ軍事侵攻も同じ動機で、いわゆる「ドンロー主義」の発露です。

ドンロー主義は、西半球の秩序をアメリカ主導で確保しようという外交理念。目指すのは自国周辺の地域安定です。そのためには経済制裁、軍事介入も辞さない。ご存じのとおり、19世紀以降のモンロー主義から来ている考え方です。

初期のモンロー主義は、基本はヨーロッパとの相互不干渉です。ヨーロッパと距離を置くことで、スペインからの独立国が多かった中南米地域の安定を保つ。ただ、当時のアメリカの軍事力はポルトガル一国にも及びませんでしたから、ヨーロッパ列強からは「弱い国が何か吠えている」と受け止められました。ゆえに孤立主義とも解釈されます。

モンロー主義はその後、修正を加え解釈を拡張しながら、アメリカ外交政策の通底に一貫して流れていきます。20世紀初めにセオドア・ルーズベルトがカリブ海周辺で行った「こん棒外交」もその系譜。このときは軍事力を背景にコロンビアからパナマを独立させ、パナマ運河を建設させてその利権を手に入れました。

こうして力づくで地域の安定を図り自国の優位を築く。その延長にあるのがドンロー主義です。ベネズエラへ軍事介入し、宿敵のキューバや麻薬ルートのコロンビアに圧力をかけ、各国の大統領選では推しの候補をあからさまに勝たせていく。最後に残ったブラジルでも現職左派のルーラに対抗し、保守派の元大統領ボルソナロの息子を露骨に応援しています。

この中南米のドミノ的な変化は、支持者には見事な「世直し」と映るでしょう。「イランは東半球ではないか」という当然の疑問が浮かびますが、そこにはイスラエルがある。トランプ支持層のキリスト教福音派は圧倒的にイスラエル支持ですから、中東であっても地域安定の範ちゅうだ、と。そう解釈して手を出していったと思います。

トランプ氏を熱狂的に支持するMAGA派。イランへの大規模攻撃に対する反応は(写真:Adobe stock)

MAGA派の9割超が軍事行動を支持

――トランプ支持層は本当に喜んでいるのでしょうか?
米メディアの世論調査をみると、アメリカ全体では約半数がイランへの攻撃に反対です。しかし共和党支持層は8~9割が好意的に評価し、自称トランプ支持者、最近はMAGA派といわれたりしますが、MAGA派に限れば9割超が軍事行動を応援しています。

MAGA派のなかにも反対を公言するインフルエンサーがあらわれるなど一部にほころびが見えるのは事実ですが、全体では圧倒的に支持のほうが強い。つまり、支持層は本当に喜んでいるのです。

そこで考えられるもう一つの思惑が、今年11月の中間選挙です。第二次世界大戦後、アメリカの中間選挙は民主・共和を問わず大統領のいる与党がほぼ敗北、下院は平均26議席減と大敗を喫しています。いわゆる無党派層や若年層が投票に動く大統領選挙と違い、中間選挙は政治に関心の高い層が中心。投票率が下がり、現政権を厳しく評価する票が相対的に多くなるのです。

中間選挙は「風が吹かない」ともいわれます。上院は近年の平均で与党が4議席減ですが、現在6議席差ありますから逆転しない公算が高い。しかし下院は当初5議席差でスタートし、その後引退した共和党議員がいるので現在は差がないようなもの。最近の流れからすると、まず間違いなくひっくり返ります。

もちろん、それはトランプもわかっている。しかし、逆転の可能性はゼロではない。というのは、1回だけ与党が勝った例外があるからです。2002年の中間選挙がそれで、01年のアフガニスタン紛争、03年のイラク戦争の真っ只中、大統領がジョージ・W・ブッシュのときだけギリギリ共和党が勝利しました。

理由は、戦時下が影響した可能性はあるものの、実はよくわかっていない。有事の際はラリー効果で指導者への支持が短期的に高まるとされますが、果たしてそれがどの程度ポイントになるかはわかりません。

ただ、トランプはそこに賭けた。大負けが濃厚な中間選挙で踏みとどまるための風を吹かせ、下院に奇跡を起こすための窮余の一策としてこの戦争に賭けたようにみえます。大きな賭けです。

 
支持層を意識したモンロー主義、中間選挙、レガシーづくり、さまざまな思惑が複合(写真:Adobe stock)

――ドンロー主義の「世直し」で支持層を喜ばせ、あわよくばラリー効果をねらい、中間選挙で奇跡を起こそう、と。
加えて、最後の動機としてレガシーがあります。トランプは最初から、後世へ受け継ぐレガシーづくりを考えている。現在のアメリカは民主・共和両党が未曽有の拮抗状態にあり、議会を通して新たな政策を打ち出すことが事実上不可能。ゆえにトランプは大統領令を多発し、議会を迂回して政策を繰り出してくるのです。

繰り出す政策はもちろん支持層を意識したものですが、不法移民の追放にしても相互関税にしても、かなり昔の法律を根拠にしていて合法性が怪しい。実際、相互関税は米最高裁で違法判決が出ました。そうした危うい誤魔化しを駆使してまでレガシーをつくろうとしています。

アメリカでは戦争に賛成か反対かは別として、民主党支持者も共和党支持者も約8割がイランを敵だと考えています。だから、ノーベル賞は難しくなったけれど、再びレガシーのチャンスが来た、と。イラン革命からずっとアメリカに敵対している国を完全につぶした大統領となれば、後世に名前が残るでしょう。