地域の道路予算をめぐる発言などで、高市内閣で初めて大臣が辞任に追い込まれた(イメージ写真:Adobe stock)

スキャンダルで内閣初の大臣辞任

高市早苗内閣の農林水産大臣がスキャンダルで、高市内閣としては初めて辞任に追い込まれた。

道路予算に対して、自身を支持しなかった地域の予算カット発言、公職選挙法違反の疑いがあるシャトルバス無料送迎、同様の疑いである選挙の電話かけ人員に対する報酬。一連の疑惑に対する引責辞任である。

個々の疑惑には、それ相応の理由があるなどの情報もある。だが、正直申し上げて客観的には、政治家としての奢り、国民意識と乖離した脱法的「皆で渡れば怖くない」という慢心があったと感じる内容だ。辞任は仕方がないだろう。

だが、いつものことだが、それまでの経緯や周辺状況に政治とメディアに対する不信感が拭えないのだ。

「サナエトークン」から誹謗中傷動画配信と言いがかりにも映った週刊誌ネタから、瞬殺で事実と反することが示された片山さつき財務大臣の公選法違反の疑いなど。内容もさることながら、なぜこのタイミングで公になるのかと思えたネタでの政権バッシングが相次いでいる。

メディアの意味不明の政権叩きに、それをネタにした野党による、国会日程を人質にした審議拒否へと続く。貴重な審議時間を浪費する横暴だ。今回ようやくスクープとしての政権攻撃が実を結んだ形だが、それでは単なる反政府活動ではないのか。

55年体制の古き名残

国会での審議とは、国益に資する政策を論じる建設的なものであるはずだ。議会制民主主義として野党の数が不足して影響力が限定的であるのは当然。その中で与党や政府の示す法案・予算案に対して、論理的誤謬性を指摘し、建設的な代案を提示するのが健全な議論だ。その取り組みの多くに有益だと感じる有権者が増えれば、次の選挙で数という力を得られるのが常道である。

ところが劇場型国会として政府や政権与党のスキャンダルを追求し、質疑での失言を引き出し、困らせた姿をテレビ中継やニュース報道で尺を取らせる。時には審議すら拒否して、野党の成果として権力に立ち向かう姿を演出し、一部国民の留飲を下げることに終始しているとしか思えない。55年体制の古き名残、政権運営に無責任な野党の存在価値の無さは、一旦政権を担った悪夢の民主党政権時に、時代遅れで弊害でしかないと多くの国民は気付いたはずなのに。それでも今尚、この時代遅れの感覚から逃れられない様だ。

それ故オールドメディアのみを情報源とする世代と、ネットの多様でオープンな情報源とで相対化できる世代で、大きく認識に格差ができているのが実態だろう。その証拠に、大臣辞任後の政権支持率に大きな打撃はなく、むしろ野党支持率の低下、低迷が顕著なのだ。

この政治とメディアの体たらくが続くと、若者世代の政治に対する諦め感が高まりかねず、その点が最大のリスクだろう。