2011/03/25
企業を揺るがした危機の真相
-->
「逐条解説 製造物責任法 」経済企画庁国民生活局消費者行政第一課編商事法務研究会(1994 年12月)11 ページに下記の記述があります。
「我が国において、欠陥製品による大規模事故として最初に世間の注目を集めたのは昭和30 年に発生した砒素ミルク事件でした。この事件はドライミルクの乳質安定剤として用いた第二燐酸ソーダに不純物として砒素が混入していたため、ドライミルクを飲んだ乳児約1万2000 人が砒素中毒にかかり、うち131 人が死亡したという悲惨なものでした。当時補償金として死亡児に対して1人当たり25 万円、患者1人当たり1万円が支払われました。」
前回に書きましたように、45 年前は製造物責任の思想がまだ確立しておらず、社会の反応・消費者の反応は今日ほど企業にシビアではありませんでした。当時の新聞記事を見ますと、企業の責任だけでなく、行政の監督責任を問う意見も見受けられ、社会の反応が現在とかなり異っています。
事件後 14 年経って、砒素中毒の後遺症に悩む障害児が多数発見されるに至り、昭和48 年には損害賠償訴訟が提起され、最終的には和解が成立し、森永乳業の出捐により、被害児救済のための財団法人が設立され、現在も存続しています。
*財団法人 ひかり協会
http://www.hikari-k.or.jp/hikari/frame-a.htm
畑村洋太郎先生の「失敗学のすすめ」の記述
「失敗学のすすめ」P .201 に以下の記述があります。
■技術の発展期
考えられるだけの新しいパターンが次々と試され、ありとあらゆる工夫が凝らされ、多くの失敗を繰り返すなかで技術に磨きがかけられていく。試行錯誤をくり返しながら最後に選択されたメインルートは、太く強固なものへとその姿を変えていく。
■技術の成熟期
メインルート以外の選択肢が切り捨てられていく。
作業の<単純化> → <マニュアル化>
自分の使っている技術に対する深い理解ができなくなりメインルートの確実性を細めていく。予期せぬ事態が生じたら対応しきれない。大失敗を引き起こし、組織に致命的な損失を与えることは避けられない。
「停電による毒素の発生」を繰り返しているので、「過去の失敗が生きていない」と言われているわけですが、今回の雪印乳業の工場で停電が起こったとき、技術の成熟期にあったため自動化された牛乳処理装置の中で停電時に何が起こっていたのか、作業を担当していた社員には分からず、対応できなかったのではないかとも考えられます。
過去の経験の伝承の途絶+技術の成熟期の問題と2つの要因があったのだと思います。
まとめ
雪印乳業の事故は、クライシス・マネジメントの失敗例として分析されることが多いのですが、この事例は、事故が企業の損益・キャッシュフローに与えた影響を公表の数字から明確に分析できる数少ない事例です。
「わが国リスクファイナンスの検討にあたっては、自社の財務的な耐力や状況を適切に把握することが必要である。この際、手元資金の把握や負債、資金繰り(キャッシュフロー)の状況はもちろん、リスク顕在時の復旧に要する資金量や事業活動が停止する期間とキャッシュフローへの影響や、その際の財務的な耐性等を可能な限り数値化しておくことが望まれる」 という経済産業省のリスクファイナンス研究会報告書の問題提起に対する格好の事例です。
また、事故・災害発生時に金融機関が企業に救済融資をする際のリスクが明らかになり、世間の見方と併せリスクファイナンスの在り方に大きな問題を投げかけています。
私が主としてキャッシュフロー・リスクの視点からこの事件を分析する過程で、企業に対する世間の見かたの変化、金融機関の救済融資に関する問題、過去の失敗経験の伝承等々検討されるべき多くの問題が見出されました。
事故事例の分析にあたっては、企業経営の視点から広範な視野で検討し、今後に生かすことが大事だと思います。
- keyword
- 企業を揺るがした危機の真相
企業を揺るがした危機の真相の他の記事
- 第5回 (最終回)リスクファイナンスの重要性について
- 第4回 東京電力の現状と将来の見通し
- 第3回 東京電力だけを責めて何になる!?
- 第2回 雪印乳業はメインバンクの支援で危機を乗り越えた
- 第1回 雪印乳業の事故は会社をつぶすに値するのか
おすすめ記事
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/10/21
-
「防災といえば応用地質」。リスクを可視化し災害に強い社会に貢献
地盤調査最大手の応用地質は、創業以来のミッションに位置付けてきた自然災害の軽減に向けてビジネス領域を拡大。保有するデータと専門知見にデジタル技術を組み合わせ、災害リスクを可視化して防災・BCPのあらゆる領域・フェーズをサポートします。天野洋文社長に今後の事業戦略を聞きました。
2025/10/20
-
-
-
走行データの活用で社用車をより安全に効率よく
スマートドライブは、自動車のセンサーやカメラのデータを収集・分析するオープンなプラットフォームを提供。移動の効率と安全の向上に資するサービスとして導入実績を伸ばしています。目指すのは移動の「負」がなくなる社会。代表取締役の北川烈氏に、事業概要と今後の展開を聞きました。
2025/10/14
-
-
-
-
トヨタ流「災害対応の要諦」いつ、どこに、どのくらいの量を届ける―原単位の考え方が災害時に求められる
被災地での初動支援や現場での調整、そして事業継続――。トヨタ自動車シニアフェローの朝倉正司氏は、1995年の阪神・淡路大震災から、2007年の新潟県中越沖地震、2011年のタイ洪水、2016年熊本地震、2024年能登半島地震など、国内外の数々の災害現場において、その復旧活動を牽引してきた。常に心掛けてきたのはどのようなことか、課題になったことは何か、来る大規模な災害にどう備えればいいのか、朝倉氏に聞いた。
2025/10/13
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方