史上最強の日本海低気圧――4月の気象災害――
日本海中部で最盛期を迎えた低気圧

永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2025/04/28
気象予報の観点から見た防災のポイント
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2012(平成24)年4月2日、中国大陸にあった低気圧は、翌3日には日本海へ進み、猛烈に発達した。3日21時までの24時間における中心気圧の降下量は42ヘクトパスカルである。この低気圧により、山形県酒田市飛島(とびしま)で51.1メートル/秒の最大瞬間風速が観測されるなど、3日から4日未明にかけて、西日本から北日本の広い範囲で暴風が吹き荒れた。これに伴い、死者5人、負傷者約500人のほか、建物被害、停電、交通機関の運休などの被害が発生した。今回は、この事例の特徴を調べてみる。
図1に低気圧と前線の経過図を、図2に一連の地上天気図を示す。この低気圧は、3月31日21時、大陸奥地にまでさかのぼることができる。気象庁はこの低気圧について、4月1日の夕方に全般気象情報を発表した。全般気象情報は、気象庁本庁が日本全国を対象に発表する気象情報で、種々の場合に発表されるが、このときは、特に警戒を要する危険な低気圧が日本付近に現れる旨の警鐘を鳴らすことを目的としていた。その時点で、低気圧はまだ黄河上流域にあった。
図2の2日9時の天気図で、黄河下流域に描かれた中心気圧1008ヘクトパスカルの低気圧は、何の変哲もないただの低気圧のように見えるかもしれない。しかし、気象庁は、この低気圧が24時間以内に暴風を伴う強い低気圧になるとして、船舶向けに「海上暴風警報」を発表した。2日夕方には会見を開き、陸上でも暴風による重大な災害の起こるおそれがあるとして、できるだけ外出を控えるよう呼びかけた。当時、温帯低気圧について気象庁が会見を開くのは珍しく、しかも、人々の行動抑制にまで言及するのは異例のことであった。
2日21時、低気圧は黄海へ進み、前線を伴うようになったが、中心気圧は1006ヘクトパスカルで、まだ発達を始めていない。しかし、その12時間後の3日9時には日本海西部へ進み、中心気圧が986ヘクトパスカルまで下がって、急速に発達中である。さらに、その12時間後の3日21時になると、低気圧の中心は日本海中部まで進み、中心気圧は964ヘクトパスカルになった。前24時間の中心気圧降下量は42ヘクトパスカルに達した。まれに見る急発達である。低気圧は日本海中部でやや減速したが、その後またスピードを上げて東北東進し、青森県を通過して太平洋へ進み、4日12時に北海道の釧路沖の海上で消滅した。
ここまで、大陸から進んできて日本海で急発達した低気圧について述べた。図1では、その低気圧を「A」としているが、それとは別に「B」と表示した低気圧の経路も示している。図2では、4月4日3時と9時の天気図に、2つの低気圧中心が描かれている。「B」の低気圧について、「A」の低気圧の閉塞点(温暖・寒冷・閉塞の3種の前線の連結点)に発生したと説明しているものが多く、気象庁の天気図もそのように描かれている。しかし、筆者は、3日9時の天気図で、前線が2段構えに描かれていることとの関連が気になった。以下に、筆者の解釈を述べる。
図2では、3日9時のみ、速報天気図ではなく、修補済みの保存用天気図を載せている。保存用天気図は、再解析により確定された気象庁の公式天気図である。九州の南に描かれた前線は、観測時刻の2時間余り後に公表された速報天気図には描かれなかったが、事後の再解析で描かれた。筆者は一連の資料を吟味してみて、それぞれの前線に対応する雲組織が別になっており、前線を2段構えに描く解析は正しいと思った。ただ、残念なことに、気象庁の保存用天気図では、3日3時と9時に前線を2段構えに描いた後、15時には2段の前線を無理に連結させ、1本にして描かれていた。これでは一貫性がない。図1には、低気圧中心の経路のほかに、筆者が解析した前線位置を記入したが、それは図2に表示されている気象庁の解析とは異なる。そして、図1でお分かりのように、「B」の低気圧は、「A」の低気圧の南側に存在した前線上に発生した。筆者の解析によれば、低気圧「B」の発生時刻は3日18時、発生位置は山梨県付近、中心気圧は986ヘクトパスカルである。
「B」の低気圧は、その後、急速に発達しながら北北東へ進み、3日21時には宮城県の沿岸付近で982ヘクトパスカル、4日0時には北海道えりも岬の南、4日3時には北海道東部へと進み、4日9時には図2の天気図のごとく、オホーツク海の952ヘクトパスカルの低気圧に至る。この解析で分かるように、「B」の低気圧は4日9時までの12時間に中心気圧が30ヘクトパスカル降下する猛烈な発達を遂げた。ただし、4日9時の中心気圧952ヘクトパスカルという解析は、やや深すぎるかもしれない。
一方の低気圧「A」はといえば、衛星画像の雲パターンから見れば、3日21時に下層から上層まで循環中心が直立し、最盛期を迎えたことが分かる。それは、この時刻に移動速度がやや減速したこととも整合的である。その後、衛星画像によれば、低気圧は衰弱しながら速度を上げて東北東進し、4日3時に津軽半島付近に達したように見える。青森県西岸の深浦で2時55分に962.6ヘクトパスカルという最低気圧が観測されたことから、3時の低気圧の中心気圧は962ヘクトパスカルと決定された。このことから見れば、低気圧「A」が最盛期であった3日21時の中心気圧は、気象庁が解析した964ヘクトパスカルより低く、960ヘクトパスカル、あるいはそれ以下にまで発達していた可能性があると筆者は考えている。
気象予報の観点から見た防災のポイントの他の記事
おすすめ記事
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/10/21
「防災といえば応用地質」。リスクを可視化し災害に強い社会に貢献
地盤調査最大手の応用地質は、創業以来のミッションに位置付けてきた自然災害の軽減に向けてビジネス領域を拡大。保有するデータと専門知見にデジタル技術を組み合わせ、災害リスクを可視化して防災・BCPのあらゆる領域・フェーズをサポートします。天野洋文社長に今後の事業戦略を聞きました。
2025/10/20
走行データの活用で社用車をより安全に効率よく
スマートドライブは、自動車のセンサーやカメラのデータを収集・分析するオープンなプラットフォームを提供。移動の効率と安全の向上に資するサービスとして導入実績を伸ばしています。目指すのは移動の「負」がなくなる社会。代表取締役の北川烈氏に、事業概要と今後の展開を聞きました。
2025/10/14
トヨタ流「災害対応の要諦」いつ、どこに、どのくらいの量を届ける―原単位の考え方が災害時に求められる
被災地での初動支援や現場での調整、そして事業継続――。トヨタ自動車シニアフェローの朝倉正司氏は、1995年の阪神・淡路大震災から、2007年の新潟県中越沖地震、2011年のタイ洪水、2016年熊本地震、2024年能登半島地震など、国内外の数々の災害現場において、その復旧活動を牽引してきた。常に心掛けてきたのはどのようなことか、課題になったことは何か、来る大規模な災害にどう備えればいいのか、朝倉氏に聞いた。
2025/10/13
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方