2020/09/25
事例から学ぶ

日本酒好きの人なら「獺祭(だっさい)」というブランドを聞いたことがあるだろう。旭酒造(山口県岩国市、桜井一宏社長)が「山田錦」を酒米に造る純米大吟醸酒。精米歩合23%の最高水準まで磨かれた酒に魅了されるファンは多く、地方の酒蔵ながら海外にも展開、売上は大手メーカーに引けを取らない。その同社が平成30 年7 月豪雨(西日本豪雨)で被災したのは2年前の7月だ。酒造りに不可欠な排水処理設備が水没、停電の影響で発酵中の酒も温度コントロールを喪失し、製造・出荷の停止に追い込まれた。一時は「『獺祭』はなくなるかもしれない」という風評も出たが、1カ月後には稼働を再開。BCP のなかった同社が早期復旧を果たした背景には、日頃から培ってきた連携の強さがある。桜井一宏社長に復旧までの経緯を聞いた。(※本文の内容は7月13日取材時点の情報にもとづいています)
旭酒造
山口県岩国市
深さ30センチの小川が5メートルも増水
―― 水害の発生をあらかじめ予測していましたか。
本社の酒蔵(本社蔵)の目の前を流れる東(ひがし)川は川幅4~5メートル、普段は深さ30センチメートル程度の小さな川です。その水が高さ約5メートルの護岸の石垣を越え、本社蔵に流れ込んできた。一昨年の7月7日でした。
同日未明、上流で土砂崩れが起き、本社蔵の上手の橋を押し流したことが原因です。土砂と橋が一緒に流れてきて、本社蔵の目の前の橋に詰まってしまった。これにより、一気にダムのように増水したのです。

結果、本社蔵と直売所が約70 〜 120センチ浸水。正直、雨によって被害が出るとは思っていませんでした。当然、水害リスクの共有や、参考にしていたガイドラインもありませんでした。
―― 水害に対する予防策も十分ではなかった、と。
西日本豪雨から14 ~ 15年前に一度増水した経験があり、その時は川底から大体1.5メートルまで水が上がってきました。当時、そこには製品倉庫があり、地ビールの生産機能を置いていたのですが、それでも少し石垣を嵩上げしておけば大丈夫と考えていました。
あえて全社員に被害状況を見せた
―― どのような被害状況でしたか。
7月8日早朝、社員が心配になって見に来て、初めて被災に気が付きました。1階にあった在庫品や原料米、瓶などが被害を受けたほか、地下の排水処理設備が水没。事務所ではパソコン10台強が使用できなくなりました。
社員の被害については、総勢200人ですが、本社から車で10分~ 30分圏内から通っている者が多いこともあり、皆無事でした。床下浸水や車の浸水、道路の通行止めで出社できない者が一部いたものの、9割以上は出社できました。
またネットワークサーバーを2階に設置していたため、データ類は無事に残りました。浸水を考えていたわけではありませんが、データが守られたことで、結果的に早期の復旧が可能になりました。
―― 被害状況確認後はどう行動しましたか。災害対策本部は設置したのでしょうか。
社長である私、製造責任者、工場長、出荷関係を管轄する業務部長、経理・総務・人事を兼ねる事務担当、それに会長を含めた合計6名が中心となって災害対策本部を設置、状況の把握を行いました。
被災初日の8日日曜日は停電して照明もないため、ガラス張りで比較的明るい2階の来客用スペースに集合。どんなトラブルが起きているか、復旧にどのくらい期間がかかりそうか、製造や在庫の状況、損害の規模など、各部署の現状を把握していきました。

ホワイトボードもなく、それぞれ手持ちのノートやコピーの裏紙などを使用してメモを取りましたね。電力の回復見込みも分からなかったので、各部署で状況の洗い出しを進めながら、まずは泥まみれのところをきれいにするくらいの方針決定しかできなかったと思います。

ただ、最初は動けるメンバーのみで復旧に取り掛かろう、現場をできるだけ見せずにきれいにしようという話があったのですが、最終的には状況を全社員に見せた方がいいという結論に至りました。
翌日9日月曜日の朝、出社可能な社員が全員集合。普段見慣れた会社がまったく変わっていたのですから、ショックだったと思います。しかしそれこそ、あえて現場を見せた理由。「ここから復興しよう」と、社員たちに話しました。それが、自分ごととしてのモチベーションにつながったと思います。
事例から学ぶの他の記事
おすすめ記事
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
-
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/06/05
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方