2023/05/09
インタビュー
AIへの聞き方をアセット化せよ
PwC Japanグループ データ&アナリティクス/AI Labリーダー
藤川琢哉氏に聞く


藤川琢哉氏 ふじかわ・たくや
PwC コンサルティング合同会社
上席執行役員、 Senior Officer
東京工業大学大学院でAIを専攻後、べリングポイント株式会社に入社。同社のPwCネットワークへの加入と社名変更にともない、プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント株式会社(現PwCコンサルティング合同会社)に転籍。十数年にわたりデジタル領域のコンサルティング業務に従事し、データアナリティクスをはじめサイバーセキュリティ、プライバシー、ITインフラストラクチャなど幅広いデジタル領域の専門性を有する。
PwC Japanグループはこのほど、生成AIの専門タスクフォースを編成し、企業向けのコンサルティングサービスを開始した。生成AIは画像や音声、テキストなどを用いた深層学習をもとに、インターネット上の大量のデータを組み合わせて新しいデータを生成できる人工知能。人間のようにチャットができるモデルの登場がその進化を見せつけ、ビジネス利用に向けた動きを急加速させている。PwC Japanグループ データ&アナリティクス/AI Labリーダーで、生成AI専門タスクフォース責任者も務める藤川琢哉氏に、生成AI 導入のポイントを聞いた。
(本記事は「月刊BCPリーダーズvol.38(2023年5月号)」にも掲載しています)
いまはとにかく使ってみる段階
Q.生成AIのビジネス利用に向けて企業へのコンサルティングサービスを開始されましたが、どのような支援をしているのですか?
まずはとにかく使ってみて、そこから学ぶことが重要と考えています。検証を重ねるなかで「こういう業務にこう使える」というのが見えてきたら、それによって組織を大きく変えていくような判断もあるかもしれませんが、まずは使ってみることです。
とはいえ、多くの企業が生成AIを使いたいと思いながら、いまひとつ踏み込めないでいるのは、リスクがあるからでしょう。特にいまは対話型AIが注目されていますが、やはりリスクをはらんでいる。そのため我々としては、主に2本立ての支援をしています。
一つは、どの業務に導入すれば最も効果が出るのかをクイックに診断する。「この業務でこのような使い方をするとこれだけの工数が削減できます」といった具合に、AIのユースケースを考え、その効果を見立てるサービスです。
もう一つは、そのユースケースにおいて、どのようなリスクがあるかを診断する。リスクシナリオを分析し「この業務でこういう使い方はNG」「この業務で使うときは必ず人のチェックを入れてください」などと、業務上のガイドラインをつくっていくサービスですね。
生成AIのリスクは、大枠では共通です。プロンプトと呼ばれる指示の入力から機密情報が漏えいする、成果物をそのまま対外的に使うと虚偽や著作権侵害などがあったときレピュテーションを毀損する。ただしそれをどうコントロールするかはビジネスによりますから、業務レベルのガイドラインは企業それぞれです。
例えばマーケティングなどは、費用対効果は出さないといけないでしょうが、業務の特性上、試行錯誤を重ねながら最善を見出していく側面があります。一方で、インフラ施設のオペレーションなどは、絶対にミスが許されません。
ですから、生成AIを導入する際はハイリスクな領域の見極めが重要。ここは使ってはダメ、ここは使っていいと、両者を明確に分けることがポイントです。
生成AIのビジネスインパクト
Q.具体的にどのような業務に生成AIが導入され、どのようなビジネスインパクトをもたらすのですか?
端的にいうと働き方が変わる。事務作業は相当の効率化が期待でき、専門知識を必要とする仕事やクリエイティブな仕事もかなりの生産性向上が見込めます。
一般的に導入インパクトが大きいと考えられているのは、マーケティング・広報、総務、経理・財務、人事、監査などです。つまり、クリエイティブまわりと事務まわり。業務内容は両極端ですが、この二極で人の仕事と働き方が大きく変わると見られています。

ただ、それらの領域ですべての仕事が一気にAIに置き換わるかというと、そうともいえません。というのも、先ほど少し触れたとおり、生成AIはアウトプットに虚偽を含む、つまり嘘をつく性質があるからです。
「AIは嘘をつく」という性質をふまえ、リスクをしっかり検討したうえで使用する必要がありますから、人によるチェックが介在する部分はかなり残るのではないかと思います。特に経理・財務などは厳密な数字管理が要求されるため、慎重なチェック体制が必要になると考えています。
Q.実際のところ、企業はどこにどのようにAIを使っていこうとしているのですか?
まだそこまで落とし込まれていないのが現状。冒頭で申し上げたとおり、まずはとにかく使ってみようという段階です。
我々のところにはいま、法務部門などからAIリスクの問い合わせが増えています。また、経営トップのかけ声で「AI担当」が検討を命じられ、そこから相談をいただくケースも多い。ここでいう「AI担当」は、特定の部門というより、AIをテーマとしたCoEとかプロジェクトチームといった横串の組織です。
実際、社内導入を検討する際は、そうした横串の組織によって全社的に網をかけ、どこにどう使えばどう効果が出るのかを見極めながら使っていく方法が有効です。情報の集約が極めて重要ですから、部門ごとあるいは業務ごとにバラバラと使うのはあまり得策ではありません。
Q.社員が個々にアカウントをつくって生成AIサービスを導入するのはよくありませんか?
リスク視点でいうと、ウェブ上で生成AIを利用する場合、プロンプトの入力が学習され、ほかに使われてしまうということで、情報漏えいが懸念されているわけです。業務上の情報は気軽に入れられないため、社員が個々に生成AIを利用することは推奨されてきませんでした。
ただ、対話型AIのサービスも刻々と変わっていて、ここへきて入力した内容を学習させない「オプトアウト」という申請方式が可能になった。以前より漏洩リスクは下がってきていますから、オプトアウト方式を活用して導入するのも一つの手だと思います。
とはいえ、企業で使う場合はやはり契約がないと、何かあったときに不安でしょう。APIとして法人向けに生成AIサービスを提供するプロバイダーなども出てきていますから、そうしたところと契約して使っていくのが無難です。またそのほうが全社的な方針も浸透しやすく、情報集約も進むと思います。
- keyword
- 生成AI
- AIリスク
- プロンプトエンジニアリング
- 職業転換リスク
インタビューの他の記事
おすすめ記事
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
-
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/06/05
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方