5.「証拠資料とセットで」の重要性 

このようにして、組織の下位から上位、現在から過去、と様々な関係者から事情を聞くのですが、 そのヒアリング中で話される内容に関連したエビデンス、証拠資料が存在しないかを確認することも重要です。関係者ヒアリングにおいて、そのような内容を示す社内文書がないか、メールはないかなどと関係者に尋ね、 「そういえば稟議に回された決裁、書類にも記載されていました」「会議資料、議事録の中にあったと思います」といった回答を得た場合には、すかさず 「申し訳ないですけど、それのコピーを今度持ってきていただけませんか」というように依頼する、という運びにできれば理想的です。

そうしたエビデンスを入手したならば、次にかかるエビデンスを作成した者を「関係者」リストに加えてヒアリングを実施し、より正確で詳細な事実関係を解明していくのです。例えば、稟議書であれば、その上部に押されている決裁印を基に、どの取締役が関わっているのかが明らかになり、不正行為のラインも明らかになります。  

関係者ヒアリングを実施する段階では、既に多くの客観的証拠が収集されていなければなりませんが、 以上述べたように、関係者ヒアリングを実施している段階にあっても、並行的に、関係する客観的な証拠資料を適宜収集していく姿勢が重要です。

6.関係者に対するヒアリングの手法̶「オープン質問法」  

前回は、 ヒアリングの手法には「オープン質問法」 と「一問一答法」があることをお話しましたが、関係者に対するヒアリングにあっても、内部通報者に対するヒアリングと同様、オープン質問法を用います。これは、関係者に対するヒアリングでは、なるべく多くの情報を収集することが目的であるからです。したがって、知っていることをなんでも話させ、その際には話の腰を折らない、矢継ぎ早に質問しない、 否定形を用いないなど、オープン質問法における注意点に十分留意しながら多くの情報を収集し、さらには 「キーセリフ」を獲得するよう努める必要があります。 

また、関係者ヒアリングが、第一次候補者から第二次候補者、第三次候補者へと進むに従って、ヒアリング対象事項もピンポイントになっていくことがあり、オープン質問法が必ずしも効率的であるとは言えない場合があります。例えば、P課長が反社会的勢力に対してリベートを支払ったという嫌疑で社内調査が実施されているとして、第一次候補者から、P課長が経理担当者に特定の名目で現金支出を指示していたのを見たことがあると証言した場合、第二次候補者の当該経理担当者に対する関係者ヒアリングにあっては 「事件について何か知らないか」といったオープン質問法よりは、 「P課長に依頼された経理処理で何か不審な点がなかったか」といった、より特定した質問の方がむしろ効率が良い場合があることを付言しておきます。

7.関係者に対するヒアリングの実務

その他、ヒアリングを行うに際して留意した方がよりよい点がいくつかあるので挙げてみます。

まずは、着席位置ですが、関係者に敬意を払う形の位置にするよう配慮します。コの字型にテーブルを並べ、関係者を多数の調査者で取り囲むような形式は、糾問されるような心理的圧迫をヒアリング対象者に与えるので避けるべきです。調査者は2名程度が良いです。

また、ヒアリングを始める際には調査に協力してくれたことに対する礼から始め、さらに、簡単にヒアリングの趣旨説明を行うと協力を得やすくなります。何も趣旨説明せずに、ヒアリング対象者が「どうして私を呼んだのですか」と不安がって質問してきたときに、「そんなことはいいので、私の質問に答えて下さい」などと高飛車な姿勢で臨むならば、それだけでそのヒアリングは失敗となります。やはり簡単な趣旨説明は必要で 「今、社内で、ある不正行為の社内調査を実施しているのですが、貴方が何らかの情報を得ていないか、あくまでも参考までにお尋ねするだけです。決して、あなたを不正行為者と疑っているわけではありません」といった趣旨説明を丁寧に行い、相手から不安を取り除き、リラックスさせる必要があります。もちろん、趣旨説明といっても、不正行為の詳細を説明したり、嫌疑対象者を特定するような趣旨説明は避けるべきです。既に述べたように、関係者ヒアリングは、嫌疑対象者に近づいていくプロセスにあるもので、証拠破壊の防止に努めなければならないからです。また、特に注意すべきことは、調査の端緒、つまり誰からどのような 内部通報がもたらされたかといった事項の説明は絶対にしてはなりません。内部通報者の秘匿には十分注意を払ってください。

ヒアリングの時間にも十分留意し、聴取事項にもよりますが、60分ないし90分程度が理想的です。3時間といった長時間にわたるような場合には途中に休憩を入れます。また、当該ヒアリング対象者について、今後も事情聴取が必要となりそうな場合には、次回の協力を丁寧な言葉ながらも確約をとりつけます。そして、ヒアリングの最後に、再び、調査への協力に関し礼を述べてヒアリ ングを終えます。

8.関係者ヒアリングで収集した情報の証拠価値の吟味

「伝言ゲーム」の落とし穴

社内調査で収集した様々な証拠資料は、関係者ヒアリングで得た情報を含め、最終的にはその証拠価値の分析をしなければなりませんが、特に、ヒアリング結果としての各証言については、どの証言が直接証拠と評価でき、また、どの証言が伝聞証言なのかを見極めなければなりません。というのは、伝聞、再伝聞、再々伝聞と情報が伝達していくにつれて、情報内容に誤りが混入し、歪曲され、改変される可能性が、それを意図していなくても生じる可能性があるからです。子供のころに遊んだ「伝言ゲーム」 を思い出せば、こうした危険性をイメージしやすいでしょう。 関係者ヒアリングで得た各証言内容について、 こうした証拠価値の分析を常に行い、伝言ゲームの 落とし穴にはまって、調査の方向性を誤ることのないようにしなければなりません。

次回は社内調査におけるヒアリング手法の最終回となり、いよいよ、嫌疑対象者に対するヒアリングについて解説します。

弁護士法人中村国際刑事法律事務所
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(了)