2016/08/08
熊本地震で見えてきたBCPの有効性
13. 地域支援
再春館製薬所の社員が避難所をまわって被災者を支援している姿勢を見て、これは共助ではなく自助だと感じた。真夜中の地震で、社員が駆けつけるのは本社ではなく地域の避難所だ。社員である前に地域住民である。そして家族がいる、知人、友人がいる。別の言い方をするなら地域が社員を守ってくれている。その地域を会社として支援していくのは、自社を守ることにつながるということだ。「私たちは支援をしてあげているのではない。支えられているんです」(再春館製薬所広報室の江河氏)という言葉がすべてを象徴している。
多くの人が、個々の企業のBCPが地域継続につながると信じている。だからBCPが重要なのだと。もちろん、各企業がそれぞれの機能を果たすことで、地域機能が維持されるし、各企業が事業を早期に復旧することにより地域経済が早く復興する。そして地域の雇用を守ることにつながる。
しかし、現実にはこんな美しい話だけが起きているわけではない。自社の事業だけを考え、当面の食料を買い占めたり、燃料を買い占めたり、普段の備えがないことで、緊急時に地域に大きな負担をかけるケースが散見される。全社的な話ではなく、ごく一部の社員が行ったことでも、会社としてそのような姿勢であると見られてしまう。メディアでも、自社の報道のためにガソリンスタンドの列に割り込むようなことが今回の災害対応で問題視された。地域と事業継続の関係は、末端社員まで含め、しっかり考えておくべきことだ。
14. 企業理念とBCP
最後は企業理念とBCPについて。再春館製薬所は、企業理念としてコミュニケーションを重視し、製造も販売も同じワンフロアで活動してきた。しかし、逆に考えれば災害で両方同時にやられるリスクもある。「分散したり代替生産にすることは会社の理念に抵触する」。同様に、トヨタ自動車のジャストインタイムは「必要なものを、必要なときに、必要なだけ」という生産効率の向上化を追求した考えで、もちろん何か異常が発生した際にただちに対応できるというメリットもあるが、在庫などを極力持たないようにしているため災害時などで特定の部品調達が止まれば即生産に影響することが指摘されてきた。
どの会社でもこうした問題は生じ得る。企業としては、理念に抵触してでも事業継続のために万全を期すのか、理念の許容範囲の中で可能な対策を行うのか、一定の被災や調達の途絶は覚悟の上で事後の対応でカバーできるようにするのか――、何らかの方針を決めているのだろうが、他方で、社会全体の視点としても、事業が止まることだけを安易に批判することは避けなくてはいけない。
そもそもBCPは、被災しないことを前提とした考えではなく、被災することを前提に、いかに早く復旧するか、そのために何をしておくかをあらかじめ考えておく「転んだ先の杖」であることを社会全体が再度認識する必要があるのではないか。
15. 災害の全体像を見極める
最近、「災害は奇怪な生き物だ」と考えるようにしている。小さな地震、動物に例えるなら猫程度の大きさの揺れかと思えば、直後にライオンのような大きな揺れが起きたり、大きな像のような顔をした巨大台風が出現したと思えば大した被害がないまま消滅したり、連続で大きな地震が発生する今回のような2つの頭を持つ蛇のような場合もある。その全貌を見極めるには時間がかかる。しかし、重要なことは、一度危険を乗り切っても決して安心するのではなく、アメリカの災害対応で紹介したLIPのごとく、とにかく二次災害を防ぐ姿勢だと思う。
今回の地震で最初に思い浮かんだのが2003年に起きた宮城県北部地震だ。7月26日の午前0時13分に最大震度6弱の前震が発生し、その7時間後の午前7時13分に6強の本震が発生し、さらに夕方5時に震度6弱の余震が発生した。その2カ月前にも震度6弱の地震が発生している。これらの地震で30億円以上の被害を出した会社に取材をした記事が手元にあるが、読み返すと「まさかあれだけの揺れの後に本震が来ると思わなかった」とまるで今回の熊本地震で語られていることと同じ言葉が載っている。
今回の熊本地震で学べることは何か。各組織でしっかりと検証をしてほしい。今回のような地震災害を乗り切った企業の話を講演で話すと必ず受ける質問がある。それは「好事例はわかったが、悪い事例は何か」ということ。それについては、「何も被害を受けなかったからといって、傍観し、自社で何の改善活動もしていない企業ではないか」と答えている。
熊本地震で見えてきたBCPの有効性の他の記事
- 取材記 熊本地震の対応から学ぶ15のポイント
- 社屋を避難所として開放(熊本構造計画研究所)
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