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この原稿を執筆中の6月20日現在、東・西日本の各地は猛暑に見舞われている。梅雨とは思えない暑さだ。いや、現時点でもう梅雨ではないのかもしれない。

例年この時期になると、熱中症への注意喚起が盛んに行われる。今年は職場における熱中症対策が事業者に義務づけられた上に、梅雨明け発表前の猛暑到来で、人々の熱中症への関心がいっそう高まっているように見える。本稿では、梅雨という現象を気温の側面から考察してみる。

梅雨の姿

気象庁の予報用語集では、梅雨を「晩春から夏にかけて雨や曇りの日が多く現れる現象、またはその期間」と説明している。これは、わが国の個別地点の天候経過に着目した梅雨の定義である。この定義では、梅雨が春から夏にまたがる現象であるように受け取れるが、梅雨を1つの季節とみなす場合も多い。つまり、春夏秋冬の四季に「梅雨」を加えた五季をもって1年とする考え方である。それほどに特徴的な梅雨であるからこそ、「梅雨入り」「梅雨明け」を判定し発表するのである。春夏秋冬についてはその初終日を決定しないのに、梅雨についてだけ入り・明けにこだわるのは、考えてみればおかしなことではある。

もっと視野を広げて梅雨という現象を見ると、東アジアの春から夏への移行過程で、太平洋高気圧の北縁に定常的な降雨帯が形成されるという特徴に注目することができる。気象衛星画像では、中国南部から日本付近を経て、日本のはるか東海上まで、延々と連なる雲帯を認めることができる。これが梅雨の姿であり、梅雨前線と呼ばれるものである。直接的にその影響を受ける地域は、日本列島のほか、中国南部、台湾、朝鮮半島である。梅雨は東アジアに特有の現象で、その発現にはチベット高原の存在が関与していることが知られている。また、東アジアの梅雨は、南アジアのモンスーンと関連していることも知られている。

気温の年変化の非対称

ここから気温に着目して話を進める。言うまでもなく、気温は夏に高く、冬に低い。だが、冬から夏に向かって上昇し、夏から冬に向かって元来た道を下降して行くという単純なものではない。

図1に、東京の気温の年変化のグラフを示す。この図は日平均気温の平年値で描いている。東京の日平均気温の平年値が年間で最も低いのは1月21日と22日で、その値は摂氏5.1度である。図1では、図の左端を1月22日、右端を1月21日とした。そうすると、当然ながら、横軸の中央付近に夏がくるので、グラフは左右両端が最も低く、中央付近が高い山型の曲線になった。ただし、山型ではあっても左右対称ではないことに読者は気づくであろう。図1の山型のグラフは、富士山のようなきれいな左右対称形をなしていない。気温の最高点が、左右中央ではなく、右にずれているのである。東京の日平均気温の平年値が年間で最も高くなるのは8月3日から10日までの8日間で、その値は摂氏27.3度である。

画像を拡大 図1. 東京の日平均気温の年変化(1991~2020の平年値に基づく)。グラフの左端を1月22日、右端を1月21日としている

平年値でみると、東京では、日平均気温が1月下旬に底を打ってから8月上旬に高極に達するまでに約197日を要するのに対し、8月上旬の高極から1月下旬の低極までは約168日しかかからない。春の上り坂は緩やかで、秋の下り坂は急なのである。言い換えれば、春は長く、秋は短い。統計値が示すこの事実を、読者は実感しておられるだろうか。

図1で見た気温の年変化の特徴は、東京に限らない。わが国の多くの地域で、最寒月は1月、最暖月は8月になっていて、最寒月と最暖月の間隔が不揃いになっている。最暖月が7月でなく8月になるのは、夏の前に梅雨という季節があるからである。梅雨が気温の上昇を妨げている、とも言える。東・西日本より梅雨明けの早い南西諸島では、最暖月が7月になるので、気温の年変化のグラフの形が異なる。また北海道では、流氷や初夏の海霧の影響などが加わり、これも様相が異なっている。

梅雨の情勢判断

6~7月の気温が梅雨によって下げられていると見れば、もし梅雨がなければ初夏の気温はもっと高くなる、と考えることができる。その「梅雨がない」状態を一時的に実現するのが、「梅雨の晴れ間」とか、「梅雨の中休み」と呼ばれる現象である。気象用語としての「晴れ間」は、本来、地上から空を見上げた場合の雲のすき間をいうので、「梅雨の晴れ間」は用語の使い方として正しいとは言えないが、風情ある日本語として定着しているように見える。梅雨現象をもたらす降雨帯は、常に明瞭な形で存在するわけではなく、不明瞭になったり、形状や強度を変えたり、存在位置を変えたりする。それに伴って地上で観測される気象状態も変化し、梅雨現象としての曇雨天が途切れて晴天になることがある。これが「梅雨の晴れ間」で、それが何日も続くと「梅雨の中休み」と呼ばれる。

「梅雨の晴れ間」や「梅雨の中休み」には、梅雨入り前の状態に戻るタイプと、梅雨明け後の盛夏を先取りするタイプがある。前者は梅雨前線が大きく南下した時などに現れ、気温はあまり高くならない。「五月(さつき)晴れ」は、本来このタイプの(旧暦5月の)晴天を指す言葉であったが、現在では梅雨入り前の晴天について使われることが多くなった。後者は梅雨前線が北上してその南側に入ったような時に現れ、概して高温になる。そして、本当に梅雨の中休みなのか、それとも、もう梅雨には戻らずこのまま梅雨明けとなるのかの見きわめが難しい。そして、しばしば猛暑になる。

筆者は40年近くも昔、気象庁本庁で梅雨の入り・明けの発表を担当していたが、梅雨前線が北陸地方にまで北上したところで停滞し、関東地方は連日猛暑に見舞われ、部外のみならず部内関係者や直属上司からさえも、もう梅雨が明けたのではないか、普通の夏よりかえって暑いぐらいではないかと、さんざん迫られた経験がある。その時は、予想資料に基づき、梅雨前線がこの後必ず南下して梅雨空に戻ると確信していたので、そうした圧力をすべて突っぱね、結果的に予想どおりになって安堵した。梅雨の情勢判断は、それぐらい難しく、神経をすり減らすものである。

梅雨期の気温予想

やはり梅雨の入り・明けの発表を担当していた頃、電力会社から、気温予想の精度を高めてほしいとの強い要望があった。梅雨どきから夏にかけては冷房の使用による電力需要の増大に備えるため、数日先の正確な気温を知りたいとのことであった。電気は物資と異なり、早めに仕入れて貯蔵しておくということができないので、需要が増大する直前に発電所をフル稼働させて対処する以外に方法がないのだそうだ。需要が増大してしまってからでは手遅れになるので、数日先の気温予想が必要かつ重要とのことである。

その当時聞いた話では、東京電力管内で、夏場は最高気温が1度違うと最大電力需要が100万キロワット違ってくるとのことであった。これを電力需要の気温感応度という。100万キロワットの違いは、原発1基分に相当すると聞いた。これを聞いて、気温予報を作成・発表する立場にある者として、ずいぶんプレッシャーを感じたものである。その後、東京電力管内の夏場の気温感応度は、2010年頃には最高気温1度の違いが最大電力需要約200万キロワットに相当するまでにエスカレートしたが、2011年の原発事故を契機として、節電が強く推奨される世の中に変わり、最近では、最高気温1度の違いは最大電力需要150万キロワット程度の違いに落ち着いているようだ。

読者は、気温予想の誤差をどの程度まで許容できるだろうか。地上気温は天気に大きく左右されるので、気温予想を云々する前に、天気を精度よく予想する必要がある。そうした意味で、気温予想は難しく、特に梅雨期は難しい。ただし、たとえば3日後の最高気温を予想する場合、3度程度の誤差を許容するならば、それほど手の込んだことをやらなくても、実用に耐えうる気温予想ができてしまう。しかし、誤差を2度以内に収めようとすると、気温予想はとてつもなく難しい。気象庁が公表している6月の週間天気予報の検証結果によれば、3日後の最高気温の予想誤差(RMSE=二乗平均平方根誤差)の全国平均は2.2度である(例年値)。

現在では、スーパーコンピュータが、高性能の数値モデルに基づく気温予想値をはじき出してくれるが、大まかな気温の予想は850ヘクトパスカル面(高度約1500メートル)の気温分布予想を見て判断することができる。話を梅雨期から盛夏期にかけての期間に限ると、梅雨前線は850ヘクトパスカル面の摂氏18度の等温線におおむね沿っており、その北側の低温領域は初夏の空気に覆われ、南側の高温領域は熱帯気団に覆われている。なぜ摂氏18度の等温線に沿うのかというと、熱帯気団は850ヘクトパスカル面で摂氏18度以上を示し、梅雨前線は熱帯気団の北縁に形成されるからである。中緯度の普通の前線と複合したような梅雨前線の場合は、摂氏15度線に対応することもあるが、せいぜいその程度の誤差範囲に収まる。