2019/09/19
拡大するサイバー攻撃の標的
海外子会社が狙われる
大企業をターゲットとしているハッカーの多くは高度なハッキング技術を持っており、攻撃に際してセキュリティーレベルがより低い、つまり脆弱性の高い海外子会社を狙って侵入し、そこを踏み台として本社や他の子会社に攻撃を展開するという段階的な方法で目的を遂げることが可能です。本社のIT・セキュリティーに関する投資を増額して集中的にセキュリティー強化を進めていれば十分ということはなく、海外子会社についても同じレベルの対応が必要だということを認識する必要があります。
サイバーリスクに係るリスク転嫁策として、サイバーセキュリティー事故に起因する損害(損害賠償金、各種費用、喪失利益)が発生した際の財務的な補償を確保するために、サイバー保険を購入する企業が増えています。日本国内では、2005年の個人情報の保護に関する法律(いわゆる個人情報保護法)の施行に合わせて、各保険会社が個人情報漏えい保険の販売を開始し、この保険商品が広く浸透してきました。保険会社によって詳細な補償内容は異なるものの、サイバー保険は個人情報漏えい保険に比べるとより補償が広く、例えば情報漏えいが発生していないセキュリティ侵害やサイバー脅迫の発生についても保険が発動し、ネットワークの停止に起因する事業中断に対する補償(喪失利益および営業継続費用)も得られます。
購入率が低い日本企業のサイバー保険
しかし現状では、日系企業のサイバー保険の購入率は、欧米企業に比べると高くありません。この状況は、個人情報を多く保有・管理する金融、ヘルスケア、小売、サービス等の業種のみならず、いわゆる製造業やインフラ事業など、全ての業種についておおむね同様です。日系企業の海外子会社が、本社が購入していないサイバー保険を購入済みであるというケースもよくあります。近年買収して新たに子会社となった欧米の子会社がある場合、このような傾向はさらに顕著です。過去に欧米で大規模な情報漏えい事故が多く発生し、集団訴訟による賠償金や和解金が莫大な額に上ったケースが多くあることが関係しています。また、所在国や業種によっては、現地の商取引に際して契約相手からサイバー保険の付保を求められることが増えていることも、欧米でこの保険の認知度と購入率が高くなっている要因の一つとなっています。
本社から海外子会社のリスク管理状況や保険付保状況を把握している企業の場合、子会社がサイバー保険を購入済みであること、あるいは新たにサイバー保険を購入したことがきっかけになり、本社でも購入の検討が進むケースがあります。子会社のリスクマネジャーからの提案や要請によって、本社がより高い支払限度額のサイバー保険プログラムを新たに構築し、海外子会社は既存の保険契約による補償の上乗せを獲得する、というケースも見られます。海外子会社の保険付保状況を把握していない企業の場合でも、子会社で情報漏えいや事業中断といった何らかのサイバーセキュリティー事故が発生し、保険による補償を得たことをきっかけに、本社でサイバー保険の商品特性や必要性が改めて認識される、といったケースもあります。
コスト効率を考えると、本社と海外子会社が別々にサイバー保険を購入することはお勧めできません。本社が主導して、経営の屋台骨を揺るがすような大規模な損害を被った場合に十分な金額の補償を得られるよう、また国内外全ての子会社を被保険者として包括的に含むよう、自社グループのリスクプロファイルや体力(リスク耐性)に合った補償のサイバー保険プログラムを構築することを推奨します。
(了)
エーオンジャパン株式会社
スペシャリティ部 賠償責任スペシャリスト
鈴木由佳
拡大するサイバー攻撃の標的の他の記事
- 経営の屋台骨を揺るがす大規模損害に備えよ
- 巨額損害を被った実例から学ぶ教訓
- 約3億3900万人分の情報漏洩から学ぶ
- グローバル大企業における最近の巨額な損害事例
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方