インド領カシミールのSrinagarで、イスラム教徒を見ながら警備にあたるインドの治安要因(ロイター/アフロ)
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。

歴史的に争いが続く印パ

テロが発生したジャンムー・カシミール準州(橙色)

――カシミールのインド支配地域で発生したテロで、なぜインドはパキスタンを攻撃したのでしょうか。
インドのジャンムー・カシミール準州のパハルガムで起こり、26人が犠牲になった今回のテロは、「抵抗戦線(The Resistance Front)」と呼ばれる武装組織が犯行声明を出しました(後に関与を否認)。インドは、この犯行声明を出した組織とパキスタン軍や情報機関がつながっていると考えていて、パキスタン領内へ軍事攻撃を実施しました。ただし、インドが問題視しているのは今回のテロだけではなく、パキスタンが長年にわたり、インド国内で活動する反インドの武装勢力を支援してきたことにあります。

――過去にどのようなテロがあったのでしょうか。
特に深刻なケースとして、2019年にカシミールのインド支配地域でインドの治安部隊ら約40人が犠牲になるテロをパキスタン系のイスラム過激派組織が起こしています。このとき、インドはパキスタン領内を空爆しました。2016年には、同じくパキスタン系のイスラム武装勢力がインド側カシミールのインド陸軍基地を襲撃して18人を殺害すると、その後インドはパキスタン側カシミールに対して越境特殊作戦を行っています。過去80年近く、パキスタンがカシミールを含むインドの国内で、インド連邦政府に敵対する武装組織を支援し続けてきたのは公然の秘密です。1947年にインドとパキスタンが英国から独立した直後から争いは続いています。

状況が上向いていた中でのテロ発生

画像を拡大 インド側カシミール域内でのテロ攻撃による犠牲者数
( South Asia Terrorism Portalのデータをもとに「リスク対策.com」が作成。協力:栗田真広氏)

――近年、両国の関係は悪化していたのでしょうか。
歴史的に見ると、1990年代から2000年代初頭ぐらいまでのほうが、状況は圧倒的に深刻でした。カシミールのインド支配地域でのテロ攻撃による死者は、年間で数千人を記録していました。それに比べるとここ数年は、死者数が2桁レベルに収まり、状況はかなりよくなってきていました。それでもテロ活動は続いていて、散発的に事件が起こっていました。今回の武力衝突の背景には、そうした長年のテロとパキスタンの武装勢力支援の歴史があります。

4月にパハルガムで特に深刻なテロが発生した理由も、パキスタン側に特別の事情や動機があったというよりは、継続してきたテロ活動の中で時折発生してきた深刻なテロがまた起きた、と考えるほうがより自然だと私は考えています。結果的に今回はインドとパキスタンの両国がミサイルを撃ち合うほど事態は深刻化しましたが、2016年、2019年と同様に一定のところで収まりました。

――なぜ、テロによる犠牲者が激減したのでしょうか。
いくつかの要因が考えられます。以前はアフガニスタンで戦闘経験があるテロリストがカシミールのインド側に入り込み、テロを実行していました。けれども近年は、特別な戦闘訓練を受けていない地元の人たちがテロ組織に入って犯行に及ぶものが主だと言われています。手段の面でも、爆弾を利用するような文字通りのテロ攻撃もありますが、石を投げる抗議運動レベルも増えてきました。

一方、インド側の治安部隊の対処能力の向上で、多数の民間人に被害が出るようなテロ活動を防いでいる面もあると考えます。