東莞市はかつては歓楽街で有名だった(出典:Wikipedia)

鄧小平氏が改革開放を主導し、経済の活性化が進められる中でその副作用とも言える社会現象が存在しました。

今では、中国のIT産業の中心地として知られる深セン(土へんの右に川)市がその代表的なものなのですが、1979年に中国初の経済特区となり対外開放された都市であったこともあり、ものすごいスピードで発展していきました。当然金銭的にも恵まれ余裕のある人たちが増えると、自然と歓楽街が造成されることになり、そこには人も投資も集まることになったのでした。

そして、深セン市の北に位置し、香港・マカオにもほど近く、かつ政治の中心の北京市からは大きく離れているという地の利を生かした東莞市に「北半球一の性都」との異名を持つ風俗都市が出来上がったのです。

しかし、2014年2月に中国当局は大規模な摘発を断行し、性産業を中心とした大歓楽街は壊滅的打撃を受け、今はもう全くその影すらも見ることができない都市と変貌してしまいました。

中国赴任する日本人駐在員の間でも、東莞市の大歓楽街といえば誰もが知る風俗の都市でした。

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