④老朽化するインフラストラクチャー
成長を続ける経済とは裏腹に、老朽化するインフラストラクチャーへの投資が追い付いていません。特に交通システムの刷新が急務となっています。アメリカ最大規模を誇る地下鉄は2013年に計17億人の乗客を乗せ、既にキャパシティーの限界にあります。市民が通勤にかける時間は平均して50分程度と、アメリカ国内でも最も長くなっています。ガスや水道管も含め、地下システムにどのようなインフラが張り巡らされているのかについての全体像を示した地図が存在しないことも問題となっています。インターネットへの接続も全ての市民には行き渡らず、22%の市民が家でブロードバンド接続ができていません。

⑤環境汚染と気候変動
これまで市では、大気汚染の解消と二酸化炭素の削減に大きな成果を挙げてきました。市内100を超える遊休地を再開発して、オフィスや住宅、ビオトープなどを整備しました。一方で、市内の人口増に伴い、2030年までに燃料消費が14%、エネルギー需要が44%程度増加するとの試算もあります。毎日2万5千トンのごみが回収されますが、そのうち15%程度しかリサイクルされておらず、環境負荷を高める結果となっています。
気候変動も、長期にわたるストレス要因となっています。2050年までには降水量が4~11%増加、海水面が28〜53センチ程度上昇、気温32度以上の日が2倍になると予想されています。海に面した都市ですので、洪水、ハリケーンの脅威にさらされています。

ニューヨークのレジリエント戦略4つのビジョン

上記の課題に対応するため、ニューヨークのレジリエント戦略は、4つのビジョンを掲げました。

1)成長と繁栄を続ける都市
テック企業やその産業エコシステムが、急速に成長を遂げ、ニューヨークで最も待遇の良い職種となりつつあります。彼らはこれまで30万人の雇用を生み出し、1年間に3兆円規模の賃金を生み出すまでに成長しています。このような新しい産業を積極的に支援することで、市内の賃金格差の解消につなげようとしています。具体的には、ブロードバンド網の整備、テック企業がオフィスを構えることのできる商業スペースの整備、スタートアップやファブリケーションラボ、新技術のR&D施設開設のサポートなどです。さらには、子どもたちの教育にコンピューターサイエンス関連のプログラムを充実させる予定です。

2)公平な都市
ここでもテクノロジーの効用が強調されています。他の都市では賃金格差や人種による職種差別などが公平性の対象として扱われていましたが、ここでは、社会がこれまで以上にデジタル化になるにつれて拡大するであろうデジタルデバイドを生み出さない、というビジョンになっています。緊急時以外の公用電話番号である311のデジタル化、市内に無料で使える無線LANを設置、市が保有するデータの一元化、市公式ウェブサイトのモバイル対応、市のデジタル関連調達プロセスの見直しなどを掲げています。

3)持続可能な都市
新しい技術を用いて、より効率的に二酸化炭素を削減する、エネルギー需給のコントロールをすることで、気候変動に対応する世界のリーディング都市となることを目指しています。市民向けモバイルアプリケーションを構築して遊休地の清掃活動を促したり、市内の街灯にセンサーを付けることで電力消費を自動コントロールしようとしています。

4)レジリエントな都市
デジタルテクノロジーを、市のレジリエンスを向上させるために必要不可欠なものとして捉えています。社会的対立を解消し、突発的な災害への対応力を養うことができるとの考えです。市内で行われているコミュニティーベースの草の根活動や、市の公式プログラムなどをマッピングしてデジタルに一覧化できるようにする、市民が行政サービスにオンラインでアクセスできるよう、最低限のデジタルツールを提供することなどを掲げています。

将来の資本投入分野を予測

ニューヨークのレジリエント戦略には、2015年から2024年までの10年間に公的資金約2660億ドル(約28兆円)がどんな分野に投入されるのかについての予測図が掲載されています。最も多く、36%を占めたのは交通インフラ、地下鉄の整備でした。次いでエネルギーと水(15%)、教育(13%)、レジリエンス(11%)となりました。

公的資金だけではなく、民間分野で成長著しいテックエコノミーの恩恵をうまくレジリエンス戦略に活用しようという姿勢もニューヨークの特徴です。公平性の担保を、デジタルデバイドの解消と捉えているのは他の都市とは異なる点でした。テクノロジーに多くを期待し過ぎのような気もしますが、レジリエンス戦略の全てのビジョンでデジタルテクノロジーやテクノロジー産業との関わりを明記したことは、世界の先端をいくニューヨークならではという気がします。