今後の日本の危機管理への提言


中澤 最後に、今後の日本が考えていくこと、各企業が考えていくこと、各現場が考えていくことを教えていただきたい。

熊丸 平時からの備えと準備、教育と訓練。それをしっかりとやっていかないと、いつまでたっても同じことの繰り返し。国土強靭化予算を見ても、3兆5000
億〜4兆円ある中で、人材教育への予算措置はわずか1億5000万円ほど。教育や訓練をあまりにも疎かにしすぎる。政策にもっと盛り込んでいってもらいたい。

濱田 ナレッジマネジメントへの取り組みだ。知見や知識が人に付いていき、ほとんど残っていない。
今回の新型コロナも終わったらまた忘れる。地下鉄サリンも、新型インフルも、3.11も福島原発もほとんど忘れられている。そこを何とかしたい。

渡辺 可視化できていないサプライチェーンを切って再整理し始めることだ。マーケットも変わり、需要も変わり、消費行動も変わってくる。直線的に元に戻すことは現実的ではない。また、海外の拠点については無理に日本回帰することなく、現地市場での供給責任を果たすべきだが、マスクなどの安全保障上、重要な製品は国産にし、さらに増産して輸出すればいい。そのためには、自立するまで補助をするか、国内分については全て補助をし、輸出分は自由に任せる。日本製はこれだからいい、この金額で売れるという工夫を経営者が創造するようなことを、これを機に実施する。危機管理は先手を打てる人がいないといけない。ファンダメンタルズが著しく変わりつつあるので、その潮流を読んで先手を打
つことだ。

秋冨 いわゆる4C(コマンド・コントロール・コミュニケーション・コーディネーション)を意識した体制づくりを目指すこと。調整する機能さえあれば、ある程度マネジメントができ、経験が残るようになっていくと思う。アメリカのNIMS(国家インシデント・マネジメント・システム)のように、書式や報告のフォームを統一化し、ベースを作ることで可能になる。新たな事態には、クライシスマネジメントで危機的対応がすぐできる体制の二段構えにする。小さな花火大会でも大規模災害であっても、普段から活用できるものを作るべきだ。そして、医療資源や食料を含め、国の政策として確保していくようにしなければならない。いざとなったら誰も助けてはくれない。それだけは避けなければならない
し、逆に、日本が助けてあげられれば、国際的地位も上がるだろう。

蛭間 「アフター・コロナ」を経済の側面から考えると、サプライチェーン再編に関する各国のインテリジェンスが問われるゲームは避けられないアジェンダになるだろう。「何を、どこで、生産するのか?」「それはなぜか?」の問いに対する回答は、極めて難しい。感染症のみならず気候変動、サイバー含めてオール・ハザード時代の国際競争力は、まさに危機管理や安全保障とセットと考える。この両側面でのアプローチは、日本は相当に弱い。ESG投資などの良き地球市民を体現するというよりは、イノベーション・創造的に破壊する/新陳代謝を促していくようなリスクマネーの供給も肝になるだろう。その際のキーワードはトヨタをはじめとする自動車産業が支えてきた雇用や外貨獲得を誰が担うのか、企業経営を安全保障の観点からどのように国として規制するのか。また、サプライチェーンの「ローカライズ」という点では、やはり地域の公衆衛生と防災をセットで考えなければならない。気候変動リスクも相まって、世界中の大都市が解体に向かうかもしれない。地域のサステナビリティやレジリエンスを頑張っている首長をサポートできるような仕組みを、政策パッケージとして準備し、事前投資を促す準備も始める必要がある。繰り返しになるが、ここまで災害が多発する時代にあって、公助依存型の防災や危機対応では、もう限界だ。緊急の事態に、国の給付金、補助金緊急融資を待つのではなく、自助や共助の事前投資を促すための市場活用の仕組みを意識して作っていく必要がある。

河本 今回のように国全体が危機に直面し国民が不安を抱える中で、国民の信頼の確保と政策の実効性を担保するためには、政府の国民への情報提供の在り方やトップリーダーのメッセージの出し方、そして政策決定の透明性の確保が極めて重要であることが痛感された。今後は、リスク(クライシス)コミュニケーションの機能を、政府の危機管理システムの中に組み込むことが必要だろう。

中澤 今日は本当にお忙しい中をありがとうござい
ました。

(続く)

本記事は、BCPリーダーズ5月号に掲載した内容を連載で紹介しました。
https://bcp.official.ec/items/28726465

パネリスト

日本大学危機管理学部教授 河本志朗 氏:1976年同志社大学経済学部卒業後、山口県警察官拝命。 1991年から外務省出向、1994年から警察庁警備局勤務を経て、1997年から公益財団法人公共政策調査会第二研究室長として、国際テロリズム、テロ対策、危機管理などを研究。 2015年4月から日本大学総合科学研究所教授
名古屋工業大学教授 渡辺研司 氏:1986年京都大学卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)入行。プライスウォーターハウス・クーパースを経て2003年より長岡技
術科学大学助教授、2010 年より現職。内閣官房、内閣府、経済産業省、国土交通省他の専門委員会委員、ISO/TC292(セキュリティ&レジリエンス)エキスパートなどを務める
防衛医科大学校准教授 秋冨慎司 氏:2003年千里救命急センターチーフレジデント。 2006年済生会滋賀県救命救急センター医長。 その後、東京大学救急部集中治療部、岩手医科大学附属病院を経て2015年より現職。 福知山線脱線事故、岩手宮城内陸地震、東日本大震災など数多くの災害現場で医療活動の陣頭指揮を執った
日本政策投資銀行サステナビリティ企画部 BCM格付主幹 兼経営企画部 蛭間芳樹 氏:2009年東京大学大学院工学系研究科社会基盤学卒業(修士)、同年株式会社日本政策投資銀行入行。専門は社会基盤学と金融とサッカー。公益財団法人日本ユースリーダー協会若者力大賞2012受賞、世界経済フォーラム(ダボス会議)ヤング・グローバル・リーダー2015選出、内閣府「事業継続ガイドライン第3版」委員、国交省「広域バックアップ専門部会」委員など内外の政府関係、民間、大学の公職多
数株式会社日本防災デザインCTO 熊丸由布治 氏:1980年在日米陸軍消防署に入隊、2006年日本人初の在日米陸軍消防本部統合消防次長に就任。3・11では米
軍が展開した「トモダチ作戦」で後方支援業務を担当。原子力総合防災訓練外部評価員、国際医療福祉大学大学院非常勤講師、(一社)ふくしま総合災害対応訓練機構プログラム運営開発委員長等の役職を歴任。著作に「311以後の日本の危機管理を問う」、オクラホマ州立大学国際消防訓練協会出版部発行「消防業務エッセンシャルズ第6改訂版」、「危険物・テロ災害初動対応ガイドブック」
重松製作所社長付主任研究員 兼営業担当専務付主任部員濱田昌彦 氏:元陸上自衛隊化学学校副校長、陸将補。昭和31年、山口県生まれ。陸自入隊後、陸上幕僚監部化学室長、オランダ防衛駐在官などを歴任。約30年、化学科職種で化学兵器防護や放射線防護分野に従事。オランダ防衛駐在官時代には化学兵器禁止機関(OPCW)日本代表団長代行を務めた。退官後は重松製作所で主任研究員に就く。著書に『最大の脅威 CBRN(シーバーン)
に備えよ!』(イカロス出版)