2020/06/09
ロックフェラー財団100RCに見る街づくりのポイント
メルボルンのレジリエント戦略の目的
メルボルンのレジリエント戦略は、30年先の社会を見据えています。先に見たストレスやチャレンジに立ち向かうため、次の4つの目的を掲げました。
①コミュニティーの強化
②経済の活性化
③共用の場(建物、インフラ、活動)の強化
④人口増加と環境保全の両立
これまで見てきた他の都市では、これらの目的にアクションプランが連動していくことが多かったですが、メルボルンのレジリエント戦略では、目的と対等な位置づけとして4つのアクションを定義しています。具体的には、Adapt(適応)、Survive(持続性)、Thrive(繁栄)、Embed (埋め込み)のアクションが設定され、これらに各プログラムがひもづく構成となっています。各プログラムは、上に挙げた4つの目的のいずれかに合致するように考えられています。ここでは、各アクションでフラッグシップ(旗)として掲げられているプログラム(戦略)をご紹介します。
●アクション1:Adapt(適応)
<都市の緑化戦略>
ビクトリア州政府とも協力して、域内の緑化を進めます。これにより、気温上昇に耐える都市環境を作り上げるとともに、洪水の際の人々のリスクを減らすことを目指します。街の緑化率が高まると、肥満率や慢性的な病気が減ることがこれまでの研究で明らかになっており、健康増進にもつながると考えています。
●アクション2:Survive(持続性)
<災害マネジメントコミュニティーフレームワーク>
ビクトリア州内に存在する、全ての災害マネジメントを行う組織の横連携スキームを作ります。コミュニティーの概念を変え、新しいアプローチで人々を巻き込むことが必要、としています。まずレジリエンスに関する共通の理解を醸成すること、異なる組織の役割を明確にすること、を盛り込んだフレームワークの作成を目指しています。
●アクション3:Thrive(繁栄)
<自転車道の整備>
このアクションが目指すのは、生活の質の向上です。フラッグシッププログラムとして掲げられたのは、人々の移動に車ではなく自転車を使ってもらうための取り組みです。2011年時点で、60%のメルボルン市民が車で通勤していることが分かりました。人口が増加の一途をたどる中で、このまま自動車利用が増えると、道路整備にかかる年間のコストが2031年には3倍になると試算されています。公共交通機関への需要も今後15年間で9割程度増えると予想されます。市民の健康増進と環境や公共インフラへの負担を減らすため、新しい自転車専用レーンの設置を進める計画です。
●アクション4:Embed(埋め込み)
このアクションでは、フラッグシッププログラムは掲げられていませんが、メインに据えられているのは、アクション1から3で掲げられた計画の実行度合いをモニターするための新たな部署の設置です。「レジリエントメルボルンデリバリーオフィス」と名付けられました。レジリエンス向上のためのトレーニングプログラムの開発も行う予定です。
短期の対応に終始せずレジリエンスを通じた長期的な行動戦略
Adapt, Survive, Thrive, Embedという4つのアクションからレジリエンス戦略を考えるのは、分かりやすいアプローチだと思います。目的ありきの行動計画ではなく、各アクションにひもづけられた行動計画が、結果的に目的をカバーしていくというプロセス設計がいいと思います。それぞれの行動計画は、今回ご紹介したフラッグシッププログラムのほかに、フラッグシッププログラムをサポートする位置づけのもの、既に実践されている行動計画との連携が必要なもの、にラベリングされています。
災害やパンデミックへの備えに関しては、サイロ化しやすい関係組織の対応を横につなげていくことが示されています。日本でも取り組みが進められていますが、なかなか前進が難しいテーマでもあります。レジリエンスの考え方を共有し、その場限りの対応に終わらせないことが、長期に持続・繁栄するコミュニティーや社会を創り上げる上で大切だと思います。
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