2015/05/29
防災・危機管理ニュース
編集権が取締役会つまり経営側にあるとなると、「経営と編集の分離」原則は曖昧なものとならざるを得ない。どこまでが「合理的な範囲」なのか、「最小限の限定的な介入」なのかについて一般的な基準を示すのは困難で、ケース・バイ・ケースということになろう。
日本の新聞社のように、編集記者が部長、編集局長と昇進していって最終的に代表取締役社長に就任するという慣行の下では、初めから経営者=オーナーと編集責任者が分かれている米紙、例えばニューヨーク・タイムズなどに比べ、「経営と編集の分離」は成り立ちにくい。特に、報告書が朝日新聞の現状として指摘しているように取締役会が形骸化し、代表取締役社長に実質的権限が集中している場合はなおさらだ。トップの権限は人事権も含めて強大であり、トップは周りに言うことを聞く人間を集める傾向が強いからだ。
こう考えると、「経営と編集の分離」を慣行として定着させることは不可能ではないだろうが、それだけでトップの“暴走”を抑えるのはなかなか難しいのではないか。
8. 今回の事案の教訓
この朝日新聞の事例からくみ取ることができる教訓は何か。食品偽装問題などにも共通すると思われるが、①自らの誤り・間違いに気付いたら、速やかに対処する、②どこが誤りかを明確にし、謝罪し責任をとる、③トップが記者会見を開いて対外的に説明責任を果たす、④内部事情より、顧客(読者)目線による対応を優先させる―との姿勢が企業にとって必須であるということだろう。
誤りや間違いは、放置を続けても、必ずどこかの時点で表面化すると認識すべきだ。決着をつける時期が遅くなればなるほど、公表に踏み切った段階で被るダメージも大きくなる。
今回の場合、トップが現場の決定を次々に覆し判断を誤ったことが危機をより深刻なものにした。ABC調査*によると、朝日新聞は昨年8月現在の725万部からわずか半年で45万部も部数を減らした。親子2代、3代と続いてきたコアな読者で購読をやめた人も少なくない。
こうしたことを考えると、危機管理の根本はトップにあり、と言わざるを得ない。特にメディアにおいては、報道の自由がよって立つ「知る権利」や言論の自由を重くみる、資質の高いトップを選ばなければ、「経営と編集の分離」も絵に書いた餅となりかねない。トップにはこの原則をできる限り尊重する自制心や、周囲にイエスマンばかり集めず、耳の痛い話も聞くことをいとわない懐の深さも求められよう。
トップの“暴走”を防ぐ仕組みとして、社外取締役の増員など、形骸化している取締役会の活性化策も必要となろう。また、容易ではないかもしれないが、トップと「身体を張った」議論が出来るような社内風土の醸成も望まれる。
*日本ABC協会が実施している雑誌の発行部数調査のこと
Profile
井坂公明(いさか・きみあき)
1979年東京大学法学部卒、時事通信社に入社。編集局政治部次長、同整理部長、マスメディア総合本部調査部長などを歴任。2009年4月から2年間、東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科で非常勤講師。早稲田大学メディア文化研究所招聘研究員。日本マスコミュニケーション学会、国際危機管理学会日本支部各会員。著書に「メディアの将来像を探る」(一藝社)、「扉はふたたび開かれる」(時事通信社)(いずれも共著)など。
- keyword
- 不祥事・風評・広報
防災・危機管理ニュースの他の記事
おすすめ記事
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!【2024年4月16日配信アーカイブ】
【4月16日配信で取り上げた話題】今週の注目ニュースざっとタイトル振り返り/特集:熊本地震におけるBCP
2024/04/16
-
調達先の分散化で製造停止を回避
2018年の西日本豪雨で甚大な被害を受けた岡山県倉敷市真備町。オフィス家具を製造するホリグチは真備町内でも高台に立地するため、工場と事務所は無事だった。しかし通信と物流がストップ。事業を続けるため工夫を重ねた。その後、被災経験から保険を見直し、調達先も分散化。おかげで2023年5月には調達先で事故が起き仕入れがストップするも、代替先からの仕入れで解決した。
2024/04/16
-
工場が吹き飛ぶ爆発被害からの再起動
2018年の西日本豪雨で隣接するアルミ工場が爆発し、施設の一部が吹き飛ぶなど壊滅的な被害を受けた川上鉄工所。新たな設備の調達に苦労するも、8カ月後に工場の再稼働を果たす。その後、BCPの策定に取り組んだ。事業継続で最大の障害は金属の加温設備。浸水したら工場はストップする。同社は対策に動き出している。
2024/04/15
-
動きやすい対策本部のディテールを随所に
1971年にから、、50年以上にわたり首都圏の流通を支えてきた東京流通センター。物流の要としての機能だけではなく、オフィスビルやイベントホールも備える。2017年、2023年には免震装置を導入した最新の物流ビルを竣工。同社は防災対策だけではなく、BCMにも力を入れている。
2024/04/12
-
民間企業の強みを発揮し3日でアプリ開発
1月7日、SAPジャパンに能登半島地震の災害支援の依頼が届いた。石川県庁が避難所の状況を把握するため、最前線で活動していた自衛隊やDMAT(災害派遣医療チーム)の持つ避難所データを統合する依頼だった。状況が切迫するなか、同社は3日でアプリケーションを開発した。
2024/04/11
-
-
組織ごとにバラバラなフォーマットを統一
1月3日、サイボウズの災害支援チームリーダーである柴田哲史氏のもとに、内閣府特命担当の自見英子大臣から連絡が入った。能登半島地震で被害を受けた石川県庁へのIT支援要請だった。同社は自衛隊が集めた孤立集落や避難所の情報を集約・整理し、効率的な物資輸送をサポートするシステムを提供。避難者を支援する介護支援者の管理にも力を貸した。
2024/04/10
-
リスク対策.com編集長が斬る!【2024年4月9日配信アーカイブ】
【4月9日配信で取り上げた話題】今週の注目ニュースざっとタイトル振り返り/特集:安全配慮義務
2024/04/09
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方