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今年の3月は17日が彼岸の入り、20日(春分の日)が彼岸の中日で、23日が彼岸の明けである。3月の彼岸の頃になると、すっかり日が長くなって、いよいよ春本番を迎える。日本列島の各地で、次々と桜開花のニュースが聞かれる。最近は桜の開花が早くなり、東京での平年日は3月24日だが、彼岸中に咲き出すことも多くなった。春の彼岸はそんな時節だが、東京では、彼岸になっても雪の積もることがある。

1986(昭和61)年3月23日、関東地方は春の大雪に見舞われた。当時刊行されていた月刊『気象』(日本気象協会発行)の「天気図日記」には次のようにある。「彼岸の大雪。台湾低気圧が発達を続けながら東進。首都圏の内陸部は未明から、都心は夕方から雪。春雷とどろく。東京9、八王子22、河口湖75(いずれもセンチメートル)など。停電、断水、国電ストップ、大島近海で海難10人死。」彼岸を迎えてからの降雪は影響が大きいのだ。今回は、首都圏でのこうした春の降雪について考える。

台湾低気圧

上記で引用した解説に登場した「台湾低気圧」という用語について、気象庁は「台湾付近に発生し、発達しながら北東に進む低気圧」と定義している。ただし、台湾付近と言っても、実際には台湾の北東方の東シナ海南部に発生するものがほとんどである。冬の季節風が弱まり、天気図上で東シナ海付近の等圧線が東西走向になると、この地域で北東の風が卓越するようになるが、そこへ上空の気圧の谷が接近すると等圧線が曲率を持ち、台湾の北東海上に低気圧が発生する。そのとき、東シナ海付近の等圧線の形がお坊さんの頭のように見えることから、昔の予報官たちはこの低気圧を「台湾坊主(たいわんぼうず)」と呼んだ。しかし、このような呼び名は不謹慎だということで、「台湾低気圧」あるいは「東シナ海低気圧」と言い換えられた。さらに、台湾に関しては領土の帰属をめぐって国際政治上の問題があり、気象庁は「東シナ海低気圧」という呼び名の方を勧めている。最近では、「東シナ海低気圧」もあまり使われなくなり、移動経路に着目した「南岸低気圧」という呼称がよく使われている。

図1に、1986年3月21日から23日にかけての地上天気図を示す。気象庁の公式の天気図である。23日21時の図に、低気圧中心の経路と中心気圧の推移をも記入した。23日に関東地方に春の大雪をもたらした低気圧は、12時間ごとの天気図で見ると21日9時に、台湾の北東、石垣島北方の東シナ海南部に現れた。この低気圧は、21日21時までの12時間は北上し、その後は次第に加速して東北東へ進んだ。このように、発生当初に東へ進まず北上成分の大きい動きをする南岸低気圧については、本連載の2023年2月「冬の高潮」において、日本を襲った史上最強の温帯低気圧(2021年2月出現)を紹介したことがある。その際に指摘した事実は、「谷待ち」であった。すなわち、1段北側を移動してくる気圧の谷の接近を待ち、本格的な発達のタイミングを見計らいながらゆっくりと北上するのである。2021年2月の低気圧は、華北から黄海に進んでくる低気圧を迎えるために沖縄の南東海上で「谷待ち」をしたが、本稿で扱う1986年3月の低気圧は、中国大陸から東進してくる上空の気圧の谷(トラフという)の接近を待ちながら石垣島の北を北上した。

画像を拡大 図1. 1986年3月21日~23日の地上天気図(各日21時、気象庁の解析による)。淡灰色の太実線は500hPa面のトラフ位置を示す。23日21時の図に低気圧中心の経路と中心気圧の推移を記入

温帯低気圧の発達は、対流圏下層の低気圧と、対流圏中~上層のトラフが結びつくことで起きる。これを、低気圧とトラフのカップリングという。低気圧とトラフが結婚するようなものだ。石垣島の北に発生した対流圏下層の低気圧が、すぐには東へ動かず、ゆっくり北上しながら西方からの上層トラフの到来を待つというのは、意味深長な気象のドラマである。図1では、上空(500ヘクトパスカル面)のトラフを淡灰色の太実線で示した。21日21時に華北から華中にかけてのびているトラフは、半日前の21日9時には中国大陸の奥地にあり、まだ距離が遠かった。21日21時の時点でも、トラフは低気圧の西方に1000キロメートルくらい離れているが、これぐらいの位置関係が、低気圧とトラフとのカップリングの始まる距離感である。

その後は、低気圧も東進を開始し、低気圧がトラフの前方を進む形になるが、トラフの東進速度の方が速く、両者の距離は次第に縮まる。最終的に、23日21時になると、トラフは低気圧に追いつき、両者は一体となって低気圧の発達は終わる。こうした一連の気象ドラマが進行していく過程で、関東地方では春の大雪となった。