3.「監視」と「調査」

それでは、「不正の懸念」を前提としない、そのような電子メールのモニタリングや監視カメラは果たして許されるのでしょうか。その根拠と限界はどこに求められるのかということが問題となります。一昔前と違って、今や会社の文書はほとんどすべてが電子化され、IT環境も整い、電子メールを通じて業務が行われるようになりました。しかも、会社内の執務スペースのレイアウトも変化しています。IT 時代以前にあっては、不正というものは目視、つまり、目で監視できました。ところが、現在の執務スペースは、パーテーションが設けられ、従業員がブース内でPC に向って仕事をするようになって、目視による監視ということが困難になっています。このような会社文書の電子化や執務環境の変化によって、会社内の情報を外部に持ち出すことが簡単となり、クリックひとつで会社の将来を左右するような重要な製品機密や顧客リストが外部へ流されてしまいます。つまり、「不正が発生した後に社内調査するのでは遅すぎる」という危機意識が高まっています。顧客情報の漏えいや企業機密の漏えいなど、情報不祥事にあっては普段の予防、普段の監視が重要です。換言すれば、IT時代以前には、企業の組織防衛のためには事後的な社内調査で十分でしたが、時代の趨勢により、不正が発生する前の段階での秩序維持活動が必要となっているのです。

 

ここに、不正の懸念を前提としない「監視」が許される土壌ができます。しかし、このような企業の監視活動を野放図にするならば、必ず従業員のプライバシー侵害の問題が生じます。それゆえ、その限界を定める必要がありますが、ポイントとなるのが、次に述べる、従業員の協力義務の程度の違いなのです。

 4. 従業員の協力義務

従業員には服務規程があり、また、誠実に勤務する義務が雇用契約上あるので、社内調査に協力する義務がありますが、予防的な監視の場合の調査協力義務と、事後的な調査の場合の調査協力義務には程度の違いがあります。不正が発生したという現実的な危機状況の中では、従業員にもある程度強い調査協力義務を認めても不合理ではありませんが、何ら不正が発生していない段階で、特定の従業員に対し、「監視」されることを受忍するよう求めることはなかなかできません。例えば、何ら不正が発生していないにもかかわらず、ある従業員が将来不正行為を行いそうだとの見込みによって、その者の電子メールだけを継続的にモニタリングすることは許されないでしょう。当然、その従業員は、「なぜ私だけを監視するのか」という抗議をするに違いありません。また、具体的な不祥事が発生していないにもかかわらず、何ら事前告知なしに隠しカメラを休憩スペースに設置することも許されないはずです。休憩スペースを利用する従業員達は、そこが誰にも監視されないプライバシーのあるスペースであると思ったと抗議するに違いありません。

ここで気がつくのが、「監視」における「公平性」と「事前告知」の要件です。現代の情報化時代にあっては、特定の不祥事が発生していなくても従業員を監視し、不祥事発生を予防することは認められてしかるべきです。しかし、公平に、そして事前告知をした上で実施しなければなりません。その意味で、公平でかつ事前告知を受けた上で一定のモニタリングを受けることは、その限度で従業員の協力義務の内容として認めて差し支えないのです。

しかし、それを超えて、不公平に特定の従業員を狙い撃ちした監視は認められず、事前告知のない不意打ちの監視も認められません。この「公平性」と「事前告知」の要件というのは、予防的な「監視」活動に適用される要件であって、不祥事発生を前提とする「社内調査」にあっては、このような要件は無関係です。不祥事発生を前提とする社内調査にあっては、不公平な特定の従業員だけをターゲットにした調査が許されるのです。また、社内調査にあっては、事前告知のない電子メールのモニタリングなどの調査も当然に認められます。不正嫌疑者を調査する場合に、いちいち事前告知をしていたら、証拠破壊されることが目に見えているからです。

 

このように、社内調査とは何かを考えたとき、それは不祥事が既に発生している場合の活動であることを理解し、不正の発生を前提としない「監視」活動とは異なることを理解する必要があります。その上で、社内調査の限界を、従業員のプライバシーとの調和の視点で考えていくことが重要です。

次回は、社内調査の手法とその限界について解説します。

(了)