一橋大学経済研究所 小林慶一郎教授

外国人研究者が見る日本の財政
2020∼2030年に日本は破綻する

前号では、日本の財政が2020年から2030年に破綻し、国債の暴落と、大幅な円安が起こること、そのような事態に備えて今の段階で円高を利用して積極的に対外投資を増やすことが、将来の破綻時の痛みを和らげる可能性があることを一橋大学経済研究所の小林慶一郎氏の講演より抜粋して紹介した。今号では、海外の専門家が日本の財政をどのように分析しているかについて、引き続き小林教授の講演から紹介したい。

■世界の経済学者が見る日本の財政
もはや5%どころの増税を議論している場合ではない!
日本の財政について日本や外国の経済学者がどのような研究をして、その成果としてどういう提案をしているかを紹介したいと思います。  

まず、これまでの財政運営は持続可能だったのかという研究です。これはいろいろな方が過去のデータを使って研究しています。90年代の前半ぐらいまでのデータを見ると日本の財政は持続可能でした。しかし90年代以降、2000年代のデータまで含めて考えますと、持続可能性を満たしていないということがコンセンサスになっています。 では、どのくらい増税するなり歳出削減すれば持続可能になるのかというシナリオ分析をやった研究の代表的なものを紹介します。

【2004年時点では“何とかなる”説】 
コロンビア大学のデイビット・ワインシュタインという有名な日本経済研究者とクリスティーナ・ブローダーというエコノミストの2004年の研究は、2002年のデータで分析をすると、日本の財政はそれほど悪くないという結論に至りました。日本経済の将来の道筋について、例えば「実質GDP成長率2%」などのいくつかの想定を置き、社会保障費を削れるかなどのシナリオを設定して、その結果、消費税や法人税、所得税などの税率をどれくらいにすれば財政が持続可能になるかを調べていますが、結果は、税収が1990年代と同じレベルに戻れば日本の財政は持続可能であるとしています。 90年というと、税収はだいたい60兆円強でした。現在は40兆円程度ですから、景気が良くなって税収が少し伸びれば何とかなるだろうというのが、2002年のデータから見た結論でした。

【2010年時点で“消費税17%∼30%増税”説】 
ところがブローダーとワインシュタインたちの計算方法と同じ計算方法で、2009年・2010年のデータを用いた研究があります。慶応義塾大学の土居丈朗教授とクレディ・スイス証券の白川浩道チーフエコノミストが行いました。2009年のデータを使った土居教授の研究結果は、消費税は17%程度まで上げないと間に合わないだろうということになりました。また白川氏の研究では、日本経済成長率などをもっと悲観的な想定にしたことから、消費税率を32%にまで増税しないと財政の持続性はバランスしないだろうという結果が出ています。 

こういう数字を見ますと、今の政治の世界で消費税を10%に上げる、上げないで議論していることと非常にギャップがあるわけです。経済学者の間でも30%というのはやや悲観的な方ですが、それでも楽観的な経済学者でも消費税率は20%は必要だろうというのが日本の中のコンセンサスです。

【米国学者が主張する“35%増税”説】 
では米国の経済学者が日本の財政についてどう見ているか。アメリカ人の方法は土居氏や白川氏とは方法が違います。両氏のやり方は「会計的手法」というもので、経済成長の程度を外生的に与えています。つまり増税したからといって経済が悪くなったりしないという前提で推計しています。それゆえに、増税に対する家計や企業の反応は考慮されていません。増税による経済コストも計算することができません。それに対して政府の政策に対して企業や家計がどう反応するのかも含めて考えるモデルを「一般均衡モデル」といいます。このモデルで計算すると、政策に対する企業や家計の反応も考慮することができますし、個人個人が受ける経済的なコストがどのくらいかかるのかということも計算することができます。 

UCLAの経済学部のゲイリー・ハンセン教授と南カリフォルニア大学のセラハッティン・イムロホログル教授の研究では、日本の企業や家計についてモデルをつくり、経済をシミュレーションしています。彼らは1980年代から2000年代の現在に至る日本の経済をシミュレーションし、過去のデータにもモデルを上手くマッチさせて、そのマッチさせたモデルで将来を推計しました。 では、将来必要となる増税幅はどのくらいだと推計しているのでしょうか。消費税の増税だけで財政を立て直そうとすると、今の5%の消費税を35%にまで引き上げ、それを少なくとも2100年ぐらいまでは続けなければならないとしています。2100年以降も35%弱の税率を続けなければいけないというのです。 

この研究では所得税でやった場合どうなるかということも計算しています。その結果は所得税率60%ぐらいという、非現実的な推計になってしまいました。さらに彼らは増税をした場合の、個人個人が受ける経済コストがどのくらいかも計算していますが、結果は消費税率を35%に上げると、消費が永久に1.5%押し下げられるのと等しいコストがかかると算出しました。それから、もし所得税などの増税で財政をバランスさせようとすると、もっとコストかかり、社会のウェルフェア(福祉)に与えるコストはもっと大きくなるとしています。この結論の意味は、所得増税でやるよりも、今議論されているような消費増税でやる方がコストが小さいということを主張しています。しかし、必要な消費増税は10%や15%というレベルよりもはるかに高い30%というレベルです。

【人口まで考慮した“消費税33%”説】 


同じようなことを米国の別の研究者であるアントン・ブラウン氏とダグラス・ジョインズ氏がやっています。彼らは日本の人口変化も前提の上で推計を行っています。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」をもとに2150年と2200年までの人口を推計し、財政の持続性を推計したのです。興味深いのは、現在、合計特殊出生率がだいたい1.3ですが、この低い出生率がこのまま2050年まで回復しない場合、日本の人口は2150年ぐらいには4000万人ぐらいになる。江戸時代に4000万人ぐらいだった人口がこの100年で1億3000万人までなって、それが江戸時代の人口に戻っていくというような、人口の推移をたどってしまうだろうというのが前提です。 

子育て支援など何らかの政策が成功して、出生率が2012年から徐々に回復し始めるという楽観的な想定をしても、100年後の日本の人口は8000万人で収束していく。これは単純な計算であるがゆえに衝撃的なことです。政策で出生率が変わらなければ、本当にこのような人口減少が起きてしまう。冷厳な数字です。

彼らは日本の人口が100年後に4000万人になるという前提で計算した結果、財政が持続可能になるためには消費税率を33%まで上げないと、財政はバランスできないだろうということを示しました。その前提として2012年に消費税率を10%に上げておくことが求められています。日本はすでにそれに乗り遅れてしまっています。 

もう1つ興味深いのは、もしも増税が政治的な混乱で先送りされた場合の「先送りケース」を考えている点です。2017年に増税すべきところを2022年まで5年間、増税が先送りされたらどうなるかというと、財政をバランスさせるための必要な税率は33%ではなくて38%近くになるとしています。5年先送りすれば5%必要な税率が上がるということです。結局、1年消費税増税を先送りすれば、財政の持続性を回復するために、国民にかけなければいけない消費税率は1%上がるという、こういう関係なのです。 

ほかにもいくつかケースを計算していますが、例えば、インフレになれば消費税率が25%程度になってもいいとか、あるいは出生率が回復して、人口が4000万人ではなくて8000万人に収束するケースだったとしても、消費税率は28%が必要としています。 

さらに彼らは、社会保障や医療制度もモデルの中に組み込んで計算しています。これも非常に興味深いのですが、医療費の負担を後期高齢者の世代に増やしてもらうという政策を行ったらどうなるかを計算しています。具体的には、今、後期高齢者の医療負担はだいたい1割ですが、それを3割に上げた場合についてです。 

日本の医療費の支出をしている世代別のグラフを厚生労働省が出していますが、医療費のほとんどを使っているのは高齢者であって、若い世代はあまり使っていません。貧困層の対策をいろいろとやった上で、後期高齢者の窓口負担を現役並みに3割に上げ、医療負担を現役並みにするだけでかなり財政は楽になります。その結果、消費税率は21%で済むという結果が出ています。

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