変貌する社会 歴史が示す「選択可能な未来」

――「選択可能な未来」を歴史から読み取るということですか。
半世紀にわたるペスト大流行のあと、ヨーロッパでは労働力の減少と流動化が起き、教会の権威は失墜、支配階級では人材の枯渇と入れ替えが進みました。統治システムの基幹を成してきた封建的身分制度は、結果として解体へ向かいます。

そしてそれは新しい価値観の創造へとつながり、やがてルネサンスを迎えて、社会はペスト前とはまったく違った新しい姿に変貌、ほどなく中世は終焉に至りました。大規模な自然災害もそうですが、パンデミックのようなカタストロフィックな出来事は、社会変革のきっかけになる。今回も十分考えられることです。

ただし、外からの力による変革は、相当の痛みを伴うものです。それは結果として起こるのであって、パンデミックをきっかけに意図的に社会を変えていくという種類のものではないでしょう。

――成り行きを見守るしかない、と。
そうではありません。もし歴史が選択可能な未来を教えてくれるとしたら、それは同時に、私たちはこれからどう生きるのか、どういう社会を目指すのかを問うています。まずは、そのことを考えてみる必要があるのではないでしょうか。

オンラインのコミュニケーションやリモートワークが急速に進展(写真:写真AC)

今回、感染防止のためにオンラインのコミュニケーションやリモートワークが進みました。その流れは今後ますます加速するでしょう。しかしそれは、これまでにないストレスを人間に与える可能性もあります。

デジタルはあくまでツール。オンラインやリモートありきではなく、まずは目的が必要です。たとえば、働く人が豊かな生活を送れる、人間らしく生きられる。そのためにどうツールを使っていくのかが、いま私たちが考えるべき問題だと思います。

――人・物・金と情報が地球規模で流動化するグローバリゼーションによって今回のパンデミックが特徴づけられるとしたら、世界がこれほど驚愕している姿は示唆的でもあります。

もしかしたら、行き過ぎたグローバリゼーションを考え直す機会になってもいいかもしれません。

この先どんな未来を望むのか

都市の過密化にしても人口の集中にしても、地球環境に負荷をかけないという意味ではいいわけです。至るところに電気を届け、上下水道を整備していくのは、すごく環境に負荷がかかりますから。

しかし行き過ぎた都市化や集中は、今回のような感染症には脆弱です。グローバルとローカル、都市と地方、いろいろなバランスを考えていくことが必要かもしれません。考える時間は、あります。

 

長崎大学熱帯医学研究所教授 山本太郎氏
やまもと・たろう

長崎大学熱帯医学研究所国際保健学分野教授。専門は国際保健学、熱帯感染症学。著書に「感染症と文明-共生への道」(岩波新書)「抗生物質と人間-マイクロバイオームの危機」(同)など。