耐震化は努力義務だが積極化を

ただし都も公表に向けて動いていた。2016年3月に改訂した「東京都耐震改修促進計画」では、2017年度以降の公表を盛り込んでいる。この大目標に向け、着々と準備を進めていた。大規模施設と沿道建築物の診断データのとりまとめのほか、半年ほど前から公表することも含めて建物オーナーともやりとりを行っていた。「公表にあたって、データに誤りはないか、もし耐震改修の計画があるのなら進捗の状況なども聞いていた」と富永氏は振り返る。

実際、公表されたリストには「耐震改修等の予定」という項目もある。商業施設「渋谷109」が入っている渋谷区の道玄坂共同ビルは震度6強以上で倒壊の危険性が高いとされたが、2019年度に耐震改修に着工する旨が記載されている。また建物の耐震性を示すIs値など細かい安全性のデータも付記。診断結果は震度6強以上で倒壊または崩壊の(I)可能性が高い(II)危険性がある(III)危険性が低い-の3段階でわかりやすく示した。どの区分であっても震度5強程度であれば倒壊する恐れがないとされている旨も記している。

特定緊急輸送道路沿道は449棟中、Iが31%の139棟、IIが15%の68棟、IIIが53%の238棟で改修工事中などが1%の4棟。大規模施設は398棟中、Iが4%の15棟、IIが7%の27棟、IIIが87%の345棟で、改修工事中などは3%の11棟。IとIIで調査対象の約3割を占める。

緊急輸送道路の検討会も大きく動いていた。第4回から最終回となった第7回まで、一部非公開で実施。3月28日の耐震化促進策のとりまとめは、未耐震建築物の公表を含めたふみこんだ内容となった。大型施設も含めた診断結果を実名公表したのは翌29日。検討会とりまとめと翌日の診断結果公表について富永氏は「特に関係はない」としつつも、この2日間が一つの耐震化政策の区切りとなったことは確かだ。

また「首都直下地震が迫っていると言われている中で、都民の安全を第一に考え公表を行った」と富永氏は説明。小池百合子知事も4月20日の記者会見で、耐震性がないビルのオーナーと会話した際「これからしっかり(対策を)行う」と言われたエピソードを紹介。この公表が安全な都市づくりにつながっていくという旨を説明した。

現在の緊急輸送道路の沿道建築物耐震化率は2018年12月には83.8%に改善。診断率は97.1%に達している。都では検討会でとりまとめられた促進策を近く正式決定し、所有者への指導のほか、経費一部負担など賃貸物件のテナント・賃借人の移転支援の仕組みづくりの検討、1回の工事でなく複数回に分けた工事で耐震性を上げる段階的改修の普及などに努めていく。診断結果の公表は遅かったが、緊急輸送道路の重要性にいち早く着目し、全国に先駆けて条例を作ったのは東京都。首都直下地震に備え、耐震化のほか帰宅困難者対策なども含め、防災で再び先進性と実効性ある取り組みを行えるか、今後注目される。

事業者に必要なこととして、耐震性がないとされたビルの所有者はまず、改修や建て替えといった具体的な耐震化の取り組みを求められる。診断は義務化されているのに対し、耐震改修や建て替えはあくまで努力義務。しかし公表されていることで訪れる都民に不安を与えているほか、首都直下地震が30年以内に70%の確率で起こると言われている以上、BCP(事業継続計画)上も大きな問題と言わざるをえない。

耐震性がないビルのテナントもBCPのため、従業員や顧客の安全のためにも移転やオーナーとの交渉が求められる。都の緊急輸送道路沿道の耐震促進策のとりまとめにはテナント・賃借人への移転支援についても盛り込まれていることから、今後この具体的内容を注視する必要がある。診断・改修だけでなく、移転へどれほどの支援が行われるか、ビル所有者のみならずテナントにとっても着目すべき点となるだろう。

分譲マンションについては、区分所有者の合意という大きな壁がある。軽微な改修であっても区分所有者および議決権の過半数の賛成が必要。マンション建て替え決議についてはそれぞれ5分の4以上の賛成が必要となっている。地価が高騰し、マンションの種地が不足する中、マンション建て替えは今後都市部において大きなビジネスチャンスともなる。旭化成不動産レジデンスや新日鉄興和不動産のような粘り強く区分所有者と交渉できる、建て替えが得意なマンションデベロッパーは注目が集まる。

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(了)

リスク対策.com:斯波 祐介