イメージ(Adobe Stock)

社会関連リスクは時間の経過に伴い変化する。サステナブル経営においては、その変化を的確に捕捉しつつ適切な対応を検討してゆく必要がある。既に企業活動に組み込まれている気候変動リスクを例にとり、同リスクを取り巻く状況の変化を追ってみたい。

2015年に国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議においてパリ協定が採択され、世界の主要国は、2050年までにGHGの排出を実質ゼロにするカーボンニュートラルを宣言した。本問題が認識された当初は、社会的に十分な認知はなされず、その必要性がグローバルでの共通認識となる間までには紆余曲折や対立した論議も起こった。その後、この問題は重要な社会問題として共有され、国連の持続可能な開発目標(SDGs)やパリ協定といった国際的な枠組みの下でその取り組みが進められている。

社会課題は変化する環境やその進捗状況のなかでその位置づけは常に変化し続けている。中長期的視点からみれば、気候変動問題の重要性は今後も変わらないものと考えるが、2022年2月に始まったロシアによるウクライナへの全面侵攻や2023年10月に始まったイスラエルとハマスの大規模な武力紛争、2025年1月に米国大統領に返り咲いたトランプ大統領によるアメリカ・ファーストの政策、パリ協定からの離脱とインフレ抑制法による気候変動対策への巨額投資の廃止など地政学的リスクの高まりのなかで、気候変動対策への反動的な動きも生じている。

他の社会課題との優先問題

マイクロソフトの共同創業者のビル・ゲイツは、気候変動、貧困対策、疾病の撲滅に積極的に取り組んでいることで知られている。これまで、ゲイツの3つの課題の中での最優先は地球温暖化問題だった。2015年に開催された国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)では、イノベーションによる温室効果ガスの排出削減と同時にコスト削減も実現するベンチャー企業へ投資するブレークスルー・エナジー連合の設立を発表した。2021年には『地球の未来のため僕が決断したこと』(日本語版の出版は21年8月)を公表し、温室効果ガスの排出を実質ゼロにし「気候変動による大災害」を防ぐ道筋はイノベーションであるとの考えを改めて示している。

2025年11月にブラジル・ベレンで開催された第30回気候変動枠組み条約締約国会議(COP30)に先立ち、10月にゲイツ・ノート「COP30に出席する皆に知ってほしいこと‐気候に関する3つの難しい事実」新たな気候戦略*1)を公表した。その主張にはある種の〝転換〟が見てとれる。すなわち、温暖化への取り組みは依然として重要だが、気候変動が文明を破壊するという終末論的な見方は誤りである。これは、適切な戦略と投資があれば世界は適切に適応・対処できる。逆に、気候変動対策について、CO2削減や気温目標といった短期的な対策に投資が集中しすぎると、本来救える命や環境改善の機会を逃す、と指摘している。そして、人間の福祉・生活改善への対応を最優先すべきであるとし、気候対策も「人の命や生活の改善に最大の効果をもたらすもの」を最優先すべきだと指摘し、気候政策を単独で切り離さず、総合的な人減福祉の向上戦略として再設計すべきだと主張している。

つまり、ゲイツは、気候変動そのものを軽視しているわけではないが、同時に貧困や病気などへ最優先で解決すべきイノベーションへの投資を拡大すべきであるとの主張と考えられる。

ここで、この主張の意味について考えてみたい。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が気候変動自体の科学的なリスク評価を基礎に、迅速で大規模な排出削減が必要という緊急性を主張しているのに比し、ゲイツは社会課題全体にその枠組みを広げ、これらの対応策全体を統合的に捉え政策の優先順位をつけるアプローチへの再構築を訴えているように理解される。リスク論としては、ゲイツのようにリスクを人間中心・福祉改善の文脈で捉える平衡感覚重視のアプローチと、IPCCのように科学的シナリオの幅の存在を意識した不確実性を踏まえたアプローチを観察することができ、興味深い。