一方で、社内調査しないことのリスクも無視できません。調査しないことの最大のリスクは、被害の継続ないし二次被害です。例えば、無認可添加物が製造食品に含まれているとの内部通報があった場合、これを安易にガセネタ、虚偽通報と判断して何ら調査しなかった場合、健康被害等の継続、あるいは二次被害が発生して会社の立場をより深刻なものにさせることがあります。セクハラやパワハラ事例をとっても、第二、第三の被害者が出て、会社の綱紀が乱れ、大量従業員の退職など、取り返しのつかない職場への悪影響がもたらされることがあります。

これら被害者は、何もしないで放置している会社を訴えることもあります。また、せっかく内部通報者が勇気を出して通報したにも関わらず、会社がこれを完全に無視して調査を開始しなかった場合、内部通報者は会社の自浄作用を諦め、捜査機関やマスコミなどの外部機関へ告発する可能性があります。外部へ告発された場合には、上述の第二類型の問題が生じ、リスクは益々大きくなってしまいます。

特に、証拠隠滅リスクないし隠蔽リスクに直ちにつながることに注意すべきです。人間の行動心理として、事が小さいうちはその不祥事を隠蔽しようなどという動機付けは生じません。必要な調査を実施した上、厳正に対処し、社内の就業規則等にのっとり処分してガバナンスを回復させるものです。ところが、事が大きくなってしまうと、「これが公になったら大変なことになる」といった心理が働き、そこに「隠蔽」の動機付けが生まれるのです。この「隠蔽」というのは、調査しない、という不作為を通り越して、積極的な行為を伴います。例えば、関係書類のシュレッダーでの廃棄、監督官庁への虚偽報告書の提出、関係者間の口裏合わせ、下請企業への口止め工作などです。そして、もしこの「隠蔽」が暴露されたとき、当該企業は消滅への道をたどることになります。現実にそのようにして倒産に至った会社の例は非常に多いです。

3.社内調査を開始するか否かの判断基準について

第一類型の端緒、特に内部通報にあって社内調査を開始するか否かの判断は非常に重要です。そこで最初に行動すべきことは、内部通報者へのヒアリングの実施です。これは間を置かずに直ちに行うべきです。内部通報者は、通報後、会社がいつ調査を開始するか、今か今かと待っているものです。通報後に会社から何も連絡がないと、自分の内部通報が会社によって黙殺されたと考えがちです。それが外部への内部告発の動機となる場合があることは上述しました。

法務部やコンプライアンス部などの内部通報の受付担当部は、内部通報があった場合、直ちに内部通報者に連絡を取り、早い機会にヒアリングの場を設定する必要があります。この場合のヒアリングというのは、当該内部通報者によって指摘された特定の不祥事が果たして信ぴょう性あるものか、それとも人事等の逆恨みのための虚偽通報なのかを見極めるためのヒアリングであり、社内調査すべきか否かを判断するためのヒアリングで、社内調査そのもののヒアリングとは異なります。この初動ヒアリングを通じて、不正の懸念が具体的なものであり、抽象的な誹謗中傷などではないことが明らかになった場合には、本格的な社内調査を開始すべきです。

これに対し、内部通報にかかる事実が具体的な不祥事に関する事実ではなく、人間関係にまつわる誹謗中傷ないし逆恨み等であることが明らかになった場合には、それ以上社内調査を進める必要性は低いと言えます。この場合にあっても、通報者は会社がヒアリングを実施してくれて自分の言い分を聞いてくれたと感じるので、自分の「内部通報」が無視ないし黙殺されたとは感じないものです。つまり、外部への内部告発のリスクは低いうえ、仮に外部へ告発しても取り上げられることはない性質のものであり、やはり会社のリスクは低いと言えます。

問題は、いずれとも判断がつかない場合です。この場合には、次のようなルールに従います。

第1に、通報内容において現実に被害が継続し、二次被害発生の恐れがあるとの内容を含むものである時。こういう時は無条件で社内調査を開始します。調査を開始しないリスクは、取り返しのつかない深刻なリスクを会社にもたらします。

第2に、通報内容に被害の継続や二次被害の発生といった事実が含まれていない時。例えば、過去に一過性の被害が発生したのみで終息している、といった通報内容でも、当該不祥事が一般消費者の生命・健康に関連する、もしくは一般投資家・株式市場に関連する場合には社内調査を開始します。調査を開始しないで放置した場合の社会からのレピュテーション・リスクは非常に大きいからです。仮に一般消費者の生命・健康に関連していなくても、当該不祥事により被害が継続している場合、または二次被害発生の恐れがある場合には、無条件に調査を開始しなければなりません。つまり、上記の第1テーゼが第2テーゼに優先するのです。

第3に、被害継続も二次被害発生の恐れもなく、かつ一般消費者の生命・健康に関連せず、一般投資家や株式市場にも関連しない不祥事の時。例えば、従業員個人の非行行為などの場合には当該不祥事の職務関連性を基準とし、関連する場合には調査を実施すべきですが、職務関連性を有しない専ら勤務時間外の個人的な非行の場合、例えば「A従業員が休日中に痴漢で逮捕された」といった内部通報は、特に正式な社内調査はせずに当該問題社員に対し人事担当者への報告を求めるにとどめること場合が多いでしょう。

(了)