3. 不祥事公表の媒体の選択について

不祥事公表にも様々な手段・媒体があります。社内告示に始まって、会社のホームページでのプレスリリース、新聞等での社外広告、取引先への通知、そして記者会見があります。不祥事公表に際して、これらのうちいかなる媒体を選択するかは最初に直面する問題ですが、結局のところ、不祥事の性質によります。事件の重大性や発信の緊急性、生命身体や健康への影響の有無、証券市場への影響の有無、あるいは逆に、関係者のプライバシーといった諸事情を考慮して、慎重に媒体を選択しなければなりません。例えば、経理関係者の業務上横領にあっては、被害額の大きさにもよりますが、懲戒処分の社内告知だけで済む場合も多いです。他方、食品偽装、食中毒などの一般消費者の健康被害をもたらす不祥事、耐震偽装等の生命身体に関わる不祥事、さらにインサイダー取引、株価操縦といった証券市場に重大な影響を与える不祥事については、社外広告や取引先への通知だけでは社内的責任を果たしたことにならず、 当然ながら記者会見が必須となります。  

また、不祥事公表の媒体が一つだけでよいということもありません。記者会見を開いた時には、 ホームページでのプレスリリースも同時に行うべきで、社外広告も同時に行う必要がある場合も多いです。この時、記者会見とプレスリリースの内容に齟齬(そご)があってはならないのは言うまでもありません。

 

4. 記者会見の実務

(1) 記者会見の準備 

記者会見を実施する前に、少なくとも次の準備が必要となります。会場設営、記者会見配布資料(ファクトブック等)の準備、ポジショニングペーパー(会社の公式見解)の作成、想定問答集の作成です。  

会場設営に関しては、弁護士よりもむしろコンサルタントの方が有益な助言をしてくれるでしょう。例えば、会見場レイアウトとして、会見場の発表者の後ろのスペースを空けない、出入り口を2カ所設ける、デラックスなホテルを会場に選ばない、などといった様々なテクニカルなアドバイスが受けられます。より重要なことは、ポジショニングペーパーの作成です。ポジショニングペーパーの出来、不出来が記者会見が成功するか否かを決定づけるからです。ポジショニングペーパーには、①発生した不祥事の概要、経過、②従前に同種の事故事例があったか否か、③現状の説明、危険性の有無、④身体に対する危険あるいは二次被害の蓋然性、⑤調査の結果および⑥今後の対策の有無等が記載されます。

(2) 記者会見における具体的な対応

記者会見は、ポジショニングペーパーに従って実施されますが、冒頭の一方的な公表に引き続いて行われる記者との質疑応答が最も神経を使い、かつ重要なものとなります。この対策としては、想定問答集を作るのがよいでしょう。記者を意識して5W1Hに沿って回答を準備することになりますが、法的にデリケートな質問もあるので、弁護士等の専門家のアドバイスも必要となります。また、記者が一番新聞記事に書きたいことは、隠蔽の事実、事故後の対応のまずさ等ですので、社長が記者会見に臨む場合、「事故の報告を受けて何をしていたか 」と聞かれると考えた方がよいでしょう。「ゴルフをしていた」では済まされませんが、嘘をいう訳にもいかず、結局、不祥事発覚における経営トップを含めた危機対応能力が問われるのです。

 (3)「謝罪」について

ところで、初回記者会見では経営トップの「謝罪」が冒頭表明されます。この点、「謝罪したら、後の訴訟で不利になる」というアドバイスをする弁護士は少なくありません。しかし、「謝罪」と「法的責任を認める」ことは別のことであり、社会的に重大な影響を与えた事実に関して謝罪することは、経営トップとしての法的責任を自認したことにはならないので、率直に謝罪すべきです。何よりも初回記者会見の目的は、不祥事発覚後の混乱の中で社会とのコミュニケーションチャンネルを再構築することにあるので、そのためには率直な謝罪によって「炎上」している世間の批判の鎮静化を図ることが何よりも重要です。

 

5. 段階的公表と社内調査の優先事項

不祥事公表は、1回だけ行えばよいというものでもありません。通常は最低でも2回、大規模な不祥事では 3、4回実施するということも稀ではありません。このように複数回実施される記者会見が、タイミング的にいつごろどのような間隔で実施されるかは関心のあるところです。まず、初回記者会見の実施時期ですが、不祥事が明らかになってから遅くても3日以内に実施すべきです。

この点、対照的な2つの事例を紹介します。Johnson&Johnson社のタイレノール事件と、雪印乳業の集団食中毒事件です。タイレノール事件というのは、1980年代のアメリカ・シカゴ周辺において、Johnson&Johnson社のタイレノールという鎮痛剤に青酸カリが混入され、それを服用した7名が死亡したという事件です。青酸カリを混入した犯人は会社とは関係ない第三者でしたが、事故報道があった1時間後に同社会長が自ら会見し、「全製品の回収を行います」と発表し、「決して服用しないでください 」という注意を呼びかけました。  

これに対し、雪印乳業の集団食中毒事件では、食中毒症状の発症報告が2000年6月27日に入ったにも関わらず、偶々、株主総会の開催時期と重なったために2日間放置され、自主回収および初回記者会見がその2日後の29日に実施されました。不祥事発覚から記者会見まで58時間経過していたのです。この両社の対応の違いは、会社がその後再生したか凋落したかという顛末に顕著に見られます。  

2回目の記者会見は、初回記者会見から1週間以内に開催することが多いです。それよりも遅れると、世間は「一体、何をやっているのか」といった苛立ちを覚えるものです。  

このようにして、複数回実施される記者会見等の不祥事公表ですが、それぞれの目的と公表内容は異なります。不祥事が発生して時間を置かずに実施する初回記者会見では、詳細な不祥事原因の公表は期待されていません。むしろ被害は継続しているのか、不祥事は生命・身体・健康に重大な影響を与える質のものなのか、二次被害発生の可能性はないのかといった事実関係の開示が公表の中心となります。これに加えて、不祥事発覚の経緯も重要な関心事です。 従って、 前述の5つの社内調査における要調査事項、 ①不祥事発覚までの経緯、②不祥事の原因、③不祥事の危険性及び社会的影響、二次被害の可能性、④過去の類似事案、類似事故の有無・態様、⑤再発防止策のうち、①、③については、最初に調査し回答を準備すべき事項となり、併せて、④についても確認しておくべきです。2回目以降の記者会見で回答が期待されることは、②の不祥事原因の分析結果の開示が中心となり、最終的な記者会見では⑤の再発防止策の発表となります。  

このように、公表が段階的に複数回にわたって実施されることを前提とすると、社内調査の優先事項もそれに応じて自ずと決まってくるものです。

 

6. 最後に

以上見てきたように、不祥事公表は会社にとって、特に経営陣にとって最も神経を使う活動です。迅速かつ的確な社内調査に成功すればほぼ9割方は不祥事公表に成功したのも同じですが、それでも不祥事公表、特に記者会見でのパフォーマンスの悪さが会社イメージを一層傷つけ、その存続に致命傷を与えることがあることも確かです。こうしたリスクを回避するためには、平時における対策が重要であり、記者会見のシミユレーション訓練を含めた緊急時の危機管理教育が大切です。

弁護士法人中村国際刑事法律事務所
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(了)