2016/08/17
昆正和の「これでいいのか!本当に必要なのは命と会社を守るBCP」
■ITのためのノウハウが製造業に?
BCPのルーツは1970年代の情報システムのデータ復旧にさかのぼります。米国などは契約とか説明責任にうるさいお国柄ですから、うっかりシステムがダウンしてデータを消失し、顧客や取引先に迷惑がかかると、すぐにクレームや訴訟問題に突入してしまう。こんな背景があったのでしょう。
その後、911米国同時多発テロやハリケーンカトリーナ災害などを教訓に、当局が事業を保全するためのより堅牢な仕組みを企業に求めるようになったことは言うまでもありません。もはやデータを守るだけではだめだ。不測の事態に備えてITに依存する重要業務全般を守り、維持できる仕組みを整えなくてはならない、という方向に変わっていきます。
このようなBCPが日本に入ってきたのは2000年代初めのことです。当時日本銀行や経産省が示したガイドラインは、欧米と同じくITのコンティンジェンシープランの策定が主たる目的でしたが、内閣府や中小企業庁発行のガイドラインを経て、次第に防災対策の延長上にあるBCPのイメージが定着するようになりました。
中小企業庁の指針などは、復旧資金を確保するための財務診断などを勧めている点でユニークな内容でしたが、中でも「目標復旧時間」の文字があったのはちょっと意外でした。なにしろそれまで目標復旧時間といえば、データの復旧指標以外の何物でもなかったからです。日本ではIT以外の業務にもこれを適用して復旧期限を厳格化するのだろうか。私は意外に思いつつ認識を新たにしたものです。
■目標復旧時間を「一般の業種・業務」に適用してはいけない
さて、その「目標復旧時間」ですが、実はこれがなかなかの曲者です。目標復旧時間は、従来の防災計画とBCPを峻別する最も特徴的な要素ですが、何しろもともとIT業務の復旧のために考案された指標だけに、一般の業種・業務(例えば製造業など)に適用するには、2つの大きな問題があるのです。
1つは目標復旧時間の設定根拠があいまいなこと。ITという限定的な資源なら、注文処理や顧客管理系のシステムが止まったときの売上やユーザへの時間的影響(未処理データの累積や顧客離れの増加など)は推測するのが容易でしょう。がしかし、製造業などはあまりに複雑な要素や条件が絡み合っていて、「この期限までに復旧させないと絶対困る!」という決定的なタイムリミットを導くことなどできません。
仮に誰もが納得する合理的な目標復旧時間が決まり、BCPに「当社事業の目標復旧時間を〇日とする」と記載したとしても、そこで一件落着とはならない。これが2つ目の問題です。BCPはさらなる要求を突きつけ、「目標復旧時間を設定したからには、そのタイムフレーム内で事業を再開できるように段取りを組み、予備の経営資源を用意しておきなさい」とくるからです。
例えばある事業の目標復旧時間が5日なら、災害で事業が止まっても、5日以内に再開できるように、あらかじめ必要な人、モノ、情報その他をスタンバイさせておきなさい、ということです。もし予算や技術上の制約などの理由でこれを実現できなければ、5日という目標復旧時間は単なる努力目標、もしくはBCPの体裁を整えるためのお飾りに過ぎなくなってしまいます。
(※次回は8月25日ごろ掲載予定です)
(了)
昆正和の「これでいいのか!本当に必要なのは命と会社を守るBCP」の他の記事
- 第6回(最終回):重要業務の継続は「できること」をやればよい
- 第5回:緊急行動の成否を分ける「ERP」
- 第4回:命と会社を守るのは私たち自身!
- 第3回:日本のBCP、ここがヘンでは?(その2)
- 第2回:日本のBCP、ここがヘンでは?(その1)
おすすめ記事
-
企業理念やビジョンと一致させ、意欲を高める人を成長させる教育「70:20:10の法則」
新入社員研修をはじめ、企業内で実施されている教育や研修は全社員向けや担当者向けなど多岐にわたる。企業内の人材育成の支援や階層別研修などを行う三菱UFJリサーチ&コンサルティングの有馬祥子氏が指摘するのは企業理念やビジョンと一致させる重要性だ。マネジメント能力の獲得や具体的なスキル習得、新たな社会ニーズ変化への適応がメインの社内教育で、その必要性はなかなかイメージできない。なぜ、教育や研修において企業理念やビジョンが重要なのか、有馬氏に聞いた。
2025/05/02
-
-
備蓄燃料のシェアリングサービスを本格化
飲料水や食料は備蓄が進み、災害時に比較的早く支援の手が入るようになりました。しかし電気はどうでしょうか。特に中堅・中小企業はコストや場所の制約から、非常用電源・燃料の備蓄が難しい状況にあります。防災・BCPトータル支援のレジリエンスラボは2025年度、非常用発電機の燃料を企業間で補い合う備蓄シェアリングサービスを本格化します。
2025/04/27
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方