特集1資質と役割を学ぶ

課題、チーム、個人で能力を発揮しろ
ボスではなリくーダーであれ

京都大学防災研究所 林春男教授

 
危機管理リーダーの役割や資質について、参考になるのが、イギリスのサリー大学で世界初のリーダーシップ講座を開設したジョン・アデア氏の著書「NOT BOSSES BUT LEADERS(ボスではなくリーダーであれ)」だ。京都大学防災研究所の林春男教授に、この本の中から、危機管理リーダーにも求められる共通要素を紹介してもらった。

ジョン・アデアは、一般的に優れたリーダーが持つ資質について、以下の5点を挙げている。
 ・Integrity  誠実さ
 ・Enthusiasm  情熱
 ・Warmth  暖かさ
 ・Calmness  冷静さ
 ・Tough but Fair  厳しさと公正さ

これについては、平時より厳しい状況となる災害時においては、一層重要になることは改めて説明するまでもない。しかし、彼は、そうした特質

を持つだけで優れたリーダーとは言っていない。 アデアのリーダーシップ論の最大の特徴は、TASK(課題)、TEAM(チーム)INDIVIDUAL(個人)の3つの要素においてリーダーは、その能力を発揮する必要があり、この3つの要素は相互に作用する、と説くところにある。具体的には、仕事を遂行する能力、グループを1つの作業単位としてまとめる能力、部下の個人的な要求に応じる能力を兼ね備えることがリーダーの資質ということである。

災害対応における課題、チーム、個人 
災害対応にあたる危機管理リーダーでも同じことが言える。 

つまり、災害対応それ自体は達成すべき課題である(TASK)。災害対応は一人では決して行えないので、対応にあたる組織を束ねねばならない(TEAM)。また、多くの災害時には被災者のみならず、災害対応にあたる個人も高いストレスを抱えているため、組織を構成する個人への配慮も重要になる(INDIVIDUAL)。 

もう少し広い見方をすれば、災害対応にあたる1つの組織をINDIVIDUALと見立て、災害対応において連携するさまざまな他の組織も含めた集合体をTEAMと考えることができる。災害が広域化し、複雑な課題になればなるほど、TEAM内の組織の役割分担は複雑になる。それらに適切に果たすべき課題を割り振るためには、全体を統括するより高次なリーダーシップが非常に重要な役割となる。

チームをまとめ課題を達成するめの機能 
さらに、アデアは、TEAMをまとめ、TASKを達成するための具体的な機能として、リーダーには「目標の設定」「計画化」「情報共有」「進捗管理」「評価」5つの仕事の遂行が求のめられるとしている。 

「目標」は、現実に即した明確なもので、そのことがチームの中で合意されている必要があり、「計画」人材は、を含め持てる資源を最大限活用することを盛り込むことが重要だとする。災害時においては、使える資源が限定される。そうした状況でも資源を最大限活用して、目標を達成させなくてはいけないということだ。 

「情報共有」については、リーダーは、なぜ他の方法ではなく、この方法を採用するのかについて明確に示し、それをチーム全員が納得する必要があるとする。災害対応は常に時間との勝負である。その際、災害対策本部長などのリーダーは、ポイントをできる限り絞り込んで指示を出さなくてはいけない。それができるようになるには、日頃から情報共有のあり方についても訓練を積み重ねていくしかない。
 
「進捗管理」については、できるだけ部下に権限を委譲した上で行うことを推奨している。リーダーは、部門長であっても、経営者からすれば部下であり、トップと部下の両方の顔を持つことが多い。部下に権限を委譲するといっても、すべてを丸投げで任せるのではなく、目標と計画を共有した上で、必要となる資源を与え、状況に即して実効力がある判断が可能になるように、現場のリーダーに仕事を任せるということだ。 

「評価」は継続的に行うことが重要とする。意思決定を覆すような事態が発生していないか、対応状況の進捗を絶えず評価していけばいい。 

注目すべきは、効果的なリーダーシップを可能にするには、リーダーだけの貢献は50%であり、残りの50%はフォローワーであるスタッフの「意識」「理解」「スキル」によると書いている点だ。つまり、成果は、半分はリーダーによって決まるが、残る半分は、フォローワーの意識や、理解、スキルの成熟度によって決まるということになる。

課題を達成し、グループをまとめるために必要となる機能
 ・SettingObjectives  目標の設定
 ・Planning  計画化
 ・Briefing  情報共有
 ・Controlling  進捗管理
 ・Evaluation  評価

上記機能を可能にするためにフォロワーに求められるもの
 ・Awareness  意識
 ・Understanding  理解
 ・Skill  スキル

リーダーの権限範囲 
では、危機管理でよく問題になるリーダーの権限の範囲についてはどうか。 

アデアは、リーダーが意思決定するか、チームとして意思決定するかを決めるかは、「状況」チームメンバー」「「組織」「リーダー」の4つの要因の組み合わせで決まるとする。 

「状況」については、危機的な状況なら、チーム全体の合意をとっているような暇はなく、リーダーによる権力の行使は大きくなりがちだ。 

「チームメンバー」については成熟度が高い組織ほど、いちいちリーダーが意思決定しなくても、チームメンバー自らが与えられた権限の中で動く。 

「組織」については、その特性によって例えば個人を尊重する組織と、そうでない組織では価値観や目的も異なるため、リーダーの意思決定範囲は異なってくる。 

そして、最後の「リーダー」だが、当然自身の資質や能力によっても、その範囲は異なってくる。 

ただし、繰り返しになるが、アデアは組織全体で意思決定をした方が、チームとしてのモチベーションが高まることを指摘している。そのために、部下になるべく考えさせることが必要であると説く。うがった言い方をすれば、部下に十分考えるだけの時間的余裕を与えられるように状況を作ることができることがリーダーの真の能力ともいえる。

“Never tell people how to do things. Tell them what to do. And they will surprise you with their ingenuity”
“部下にやり方を教えてはいけない。やるべきことだけを教えなさい。そうすれば、彼らの創造性に驚かされるはずだ” 
災害対応におけるリーダーは、「状況」の要素を考えれば、チーム全体の合意を取っている時間は無く、時にリーダーが即断・即決することが極めて重要になる。だからこそ、平時において、組織全体で、目標や計画を共有しておくことがより重要になる。

リーダーとチームの意思決定を左右する4要素
 ・Situation  状況
 ・Team Member  チームメンバー
 ・Organization  組織
 ・Leader  リーダー(の個性)


インタビュー 日本の災害対応を問う

京都大学防災研究所 林春男教授

Q、災害対策基本法では、災害対応は一義的に市町村の役割であることが明記されています。一方、巨大災害については、国家主導で対応すべきという意見もありますが、どうお考えですか? 

小さな災害でも、広域災害でも、現場において最も重要な役割を担うのは被災地の市町村長である。市町村の持っている資源が足りなければ、都道府県が応援にあたり、さらに不足していれば国が総合調整役になる。その時でも市町村長の果たすべき役割には変わりはない。このことは、アデアのいう権限の委譲とも共通している。実際は、国の方が圧倒的に力が大きいので国が前面に出るような形になっているが、本来は都道府県なり国は、ローカルを支援する立場であるべきだ。 

ただし、応援部隊の指揮系統は異なる。それぞれの応援部隊に対しても、市町村単位のリーダーが最も権限を持つかといえば、それは違う。警察や自衛隊なら、最終的な組織はトップダウンで動くだろうし、そのことは組織間連携においても考慮しておかなくてはいけない。 

もう1点、考えていただきたいことは、市町村長も最終的にそれほど権限を持っているわけでなく、せいぜい指示・勧告ぐらいしかできないということ。つまり、最終的に意思決定するのは市民一人ひとりになる。権限についても、現状の法律の中では、個人の自由を制御することはできない。その意味では、市民一人ひとりがリーダーとして、個人、家族の安全を確保できるようにしなくてはいけない。

Q、災害対応においては、すべてが災害対策本部長の命令系統に従って行動するべきなのでしょうか? 

アデアは、組織の中には、ライン(縦)とスタッフ(横)の2つのつながりがあると言っているが、日本でも海外でも、災害対応の組織は、「ライン&スタッフ」で動いている。軍隊に例えるなら、命令系統(ライン)に属する将校と、トップをバックアップする参謀部(スタッフ)の将校ということになる。 

災害対策本部においては、本部長と、実際に現場で災害対応にあたる実行部隊はラインの関係にある。あるいは、現場においては、その現場トップと、最前線で活動にあたる職員の関係もラインになる。 

一方、(スタッフ)参謀というのは、指揮官をサポートするための情報作戦部門や資源管理部門、庶務財務部門がそれにあたる(図表1)全員で現。場に行って災害対応にあたるのではなく、トップリーダーが機能するためには、計画を立てる、資源を整える、書類を管理するという後方支援的な任務が重要な要素になるということだ。 



ポイントは、参謀には、実行部隊の人に命令する権利はないということ。 

ところが日本では、西南戦争のころから、参謀が実質上の指揮官になるようになってしまった。西南戦争で参謀長であった山形有朋は、総督である有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひとしんのう)を差し置いて、兵をひきつれて勝利した。その後、太平洋戦争でも陸軍、海軍とも参謀の勝手な判断と指揮命令が繰り返し下された。その結果、指揮を執るが責任をとらない参謀、細かな指揮は執らないが最終責任だけを取るトップという文化ができあがってしまった。アメリカの災害対応では、米軍の仕組みにならって、参謀のトップを経験しないと、実行部隊のトップになれない仕組みになっている。両方の立場を経験することで、より効率的な指示が出せるようになる。

Q、本部長と現場トップの役割の違いはどうでしょう? 

アデアはリーダーの大きな役割として戦略判断をすることを指摘しているが、本部長である指揮官が出すのは、この戦略判断だ。つまり、お前には、これだけの資源を与えるから、いつまでに、どうしろという目的を与える総体的なことを指示する。 

現場にある実行部隊長は、その戦略判断(Strategy)に基づき、状況を踏まえて、どこから対応にあたるか、どう対応にあたるのか戦術判断(Tactics)をする。 

本部が決められることは大きな戦略だけで、細かなことは現場しか決められない。この、StrategyとTacticsの違いを、トップリーダー、現場リーダーそれぞれが理解しておくことが大切だ。

Q、トップが被災現場に行くべきか、どうかについても議論があります。 

アデアは、リーダーはオーケストラの指揮者だと言っている。 

災害時においては、トップが現場に乗り込むべきかどうかという議論があるが、私は、アデアのいうオーケストラの指揮者と同様に、対応にあたる人、全員から見ることができる立場にいるべきだと思う。つまり、トップは動かずオペレーションの全貌が見えて、安全が確保できる場所にいることが望ましい。例え、災害の最前線の中にいても、リーダーは、一番先頭に立つべきではない。最前線部隊の全貌が見渡せる場所で、安全を確保した上で、適切な指示を出せばいい。