2013/05/25
誌面情報 vol37
戦争から学ぶ
クラウゼヴィッツ「戦争論」
危機管理リーダーを学ぶ上で、まず読んでおきたいのが、プロセイン王国の軍事家であり軍事専門家でもあったカール・フォン・クラウゼヴィッツ(1780-1831年)の『戦争論』だ。200年近く前に、戦争の本質について書かれた本だが、この中で彼は、戦争が持つ「危険」「困苦」「不確実」「偶然」という4つの共通した危機の要素について触れ、こうした状況を生き残るリーダーを軍事的天才と表現した。その上で、リーダーに具体的に求められる資質について、勇気、責務、忍耐力、知性、精神力、果断さ(決断力)を挙げ、中でも「勇気」が最も重要としている。
この勇気には、戦闘にあたる者が、個人的な危険を無視するという勇気もあるが、彼は、むしろ、自分自身の行動に対して責任を負う勇気が大切としている。つまり、戦争という不確実な情報・状況の中で、決定することの勇気である。
クラウゼヴィッツはまた、訓練の重要性についても指摘する。
「危険や困苦、情報の摩擦について、その一部を実現して見せ、これによって指揮官の判断、思慮、あるいは果断すら訓練するように配慮するならば、このような演習方法の価値は大きい」こ。うした平時の演習において、指揮官の心構えが十分にできていれば、不都合は起きずに済むと結論づける。
半藤一利「日本型リーダーはなぜ失敗するのか」
日本で戦争をテーマにした危機管理リーダーについて書かれた本が、作家・半藤一利氏の『日本型リーダーはなぜ失敗するのか』(文春新書)。2012年末に出版された新しい本だが、本書は、リーダーシップは元々軍事用語であるということを切り口に、戦国時代の武将から第二次世界大戦まで、戦いにおけるリーダーのあり方を説いている。いわく、戦国武将の手本となったのは中国の兵法書。孫子、呉子など、いわゆる武経七書で、中でも最も読まれたのが「彼を知り己を知らば、百戦あやうからず」という有名なフレーズで知られる「孫子の兵法」だった。ところが、明治にはじまった日本の軍事教育では、軍隊の編成や装備について全面的に西欧化の方向に突き進むことになり、こうした教材に加え、クラウゼヴィッツの戦争論がクローズアップされてくるとする。
戦争論では、「戦争は防御からはじまる」とし、防御の方が資源を投入する上でも有利に立つことができることなどが理論的に説明されているのだが、半藤氏は、帝国陸海軍は残念ながら、そこに示された重要な命題を「攻撃からはじまる」と読み違えた点に、最大の失敗があると指摘する。
さらに、日本型リーダーシップの特徴を、トップではなく、参謀が中心になる点にあるとし、その源流が西南戦争にあったと持論を広げる。
半藤氏によれば、参謀長であった山県有朋が無能な総督に代わって西郷軍を打ち破ったことが、その後の明治政府と帝国陸海軍のリーダーシップに関する考え方を決定づけることになった。結果として、トップの意思決定をバックアップするはずの参謀がリーダーになるという状況が生まれた。これにより、責任の所在があいまいになり、太平洋戦争以降も責任をとらないリーダーばかりになってしまったというのが本書の大筋だ。
この点、京都大学防災研究所の林春男教授は、「災害対応においても計画を立てる、資源を整える、書類を管理する、という参謀的な任務が重要になるが、ポイントは、参謀には実行部隊の人に命令する権限はない」と指摘している点に注目したい。また、責任の取り方については、マッキニ―ロジャーズジャパンの岩本仁代表取締役が本誌インタビューの中で「やり遂げること」と説明しているのが参考になる。
本書は、太平洋戦争における多くのリーダーを取り上げ、参謀すら責任を取らなかったリーダーシップのあり方を1つひとつの事例から検証していく。リーダーに求められる条件として「最大の仕事は決断」「明確な目標を示せ」「焦点に位置しろ」「情報を確実に捉えろ」規格化された理論にすがるな」「部下には最大限の任務の遂行を求めよ」とまとめていることは、危機管理リーダーにも共通して言えることではなかろうか。
「英国海兵隊に学ぶ最強組織の作り方」「Not Bosses But Leaders」
このほか、軍事関係を題材としたものでは、本特集でもインタビューさせていただいた岩本仁氏の『英国海兵隊に学ぶ最強組織のつくり方』(かんき出版)、林春男教授に解説していただいたジョンアデア氏の『Not Bosses But Leaders』なども併せて紹介しておきたい。後者については、日本語版で『新上司学』(ディスカバー・トゥエンティワン)として翻訳されている。
実例から学ぶ
仲摩徹彌「危機突破リーダー」
災害対応などの危機的な状況において、リーダーたるものが、どのような点に気を付けて指示にあたればいいのか、実例を通じて学べるのが海上自衛隊元海将で阪神淡路大震災の現場指揮官だった仲摩徹彌氏の『危機突破リーダー』(草思社)だ。
仲摩氏は、「現場というのは、原理原則だけではどうにもならない部分がある。理想と現実のはざまでどう対応するのか、リーダーには常にその判断が求められる」とし、結論として「リーダーシップとは、いかに現場との信頼関係を築けるかということに尽きる」とする。
情報を判断する上で100%というものはないと仲摩氏は詳述する。その中で決断をするためには「部下を信頼することが大切だ」と言い切る。その理由は現場にいる人間が一番よく分かっているからだ。「いざという時に決断できないのは指揮官でない」との言葉は、本特集で取り上げたローソンにおいても共通する点だ。ただし、自分の能力を超えて何かをやろうとしたら必ず失敗するとも。「リーダーは部下を守る存在で、臆病なくらいでいい」と書いた背景には、極度に厳しい災害現場で活動し続けた実体験があるのだろう。そして、備えあれば憂いなしではないが、やはり徹底した準備、訓練が必要と説く。
同書では、情勢を判断し、果断を下す上での、参謀の役割や、具体的な手法まで解説されている。
佐々淳行「「国土」喪失。」他
このほか、事例で役立つものとして、インタビューさせていただいた佐々淳行氏が執筆された諸書は、日本の危機管理の歴史を振り返るとともに、彼がいかに決断したか、どのようなことに気をつけてきたかを知る上で勉強になる。「ワンボイスでの指示」六何の原則と「一何の原則」努めて悪い凶報を聞け」「「ニード・トゥ・ノウ」悲観的に準備せよ」「「ネバー・セイ・ネバー」「後藤田五訓」などは、いずれも佐々氏の実体験から創りだされた言葉だ。佐々氏は本誌インタビューの中でも「危機管理リーダーは見取り稽古をしろ」と語っているが、こうした本を題材に、己と置き換え、決断や判断のトレーニングをすることも有効だろう。
体系から学ぶ
ジェームズ・クーゼス「リーダーシップ・チャレンジ」
リーダーに関する本で、おそらく世界的に最も売れているだろう一冊が発行部数180万部を超える『リーダーシップ・チャレンジ』(海と月社)だ。ジェームズ・クーゼスとバリー・ポズナーという2人のリーダーシップ論の教授が書いた本である。本書では、数千人のリーダーシップ経験者を分析した結果として、①模範となる、②共通のビジョンで鼓舞する、③現状を改革する、④行動できる環境をつくる、⑤心から励ますという5つの共通の行動パターンが見い出されたとする。その上で、優れたリーダーの資質とは、他者との協調性で、そのためには信頼が最も重要としている。
興味深いのは、心から尊敬できるリーダーについて、世界の何千人にも問いかけたという結果だ。アメリカでは、エイブラハム・リンカーンとマーチン・ルーサー・キングJrらを挙げる人が多く、他には、アウンサン・スーチー、スーザン・B・アンソニー(アメリカ公民権運動の指導者)、ベナジール・ブット(パキスタンの元首相)、セザール・チャベス(人権擁護者)、ウィンストン・チャーチル、マハトマガンジー……と続く。これらのリーダーの共通点として、ゆるぎない信念と明確な価値観を持ち、それを貫いている点とした。
本書は、メンバーのやる気をいかに引き出すかという点に大半を割く。「具体的に手本を示す」「未来を思い描いて共有する」「メンバーの協力を得る」「協働を促す」「メンバーに力を与える(自己決定権を拡大する、能力と自信を高めること)」、などのキーワードを挙げ、それぞれの具体的な事例や手法を紹介している。そのために、メンバーの功績を認め、感謝を伝えること、価値観を称えて勝利を祝うことを勧める。
大声で命令をするだけではリーダーは務まらない。日頃からのコミュニケーション、信頼関係がいかに大切かということだ。大日本帝国海軍の山本五十六の名言に「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」があるが、この本を読むと、その言葉の深さに改めて気づかされる。本書の最後は、「誰でもすぐれたリーダーになれる」と締めくくられている。
小野善生「リーダーシップ理論集中講義」
一般的なリーダーと、危機管理リーダーの違いを体系的に整理して勉強するのに役立つのが関西大学商学部准教授の小野善生が書いた『リーダーシップ理論集中講義』日本実業出版(社)著名なリーダーシップ研究者の理。論を分かりやすく解説している。コッタ―の理論では、まとめ役であるリーダーと、人々の心を1つにする働きかけであるリーダーシップの違いを指摘。この際、リーダーの資質とともに、まとめられる側であるフォローワーの意識の重要性を説いている。
大阪大学名誉教授の三隅二不二教授の理論では、リーダーの資質について言及している。「リーダーに求められる資質として、誠実さ、決断力、外向性などが挙げられるが、一方で、即断即決できる人には決断力があるように見えるが、即断即決は、時として思慮分別に欠けることがあり、逆にギリギリまで判断を伸ばすことで、より無難な決断が得られる可能性がある。外向性についても、多大な犠牲を伴う軍事作戦を展開する司令官は、元気に振る舞うより冷静沈着で思慮深い内向性が求められる」とし、組織や集団が直面している状況によって、必要とされる資質が変わることに注意を促す。三隅教授は、リーダーシップの行動特性を明らかにしたPM理論の提唱者としても有名だ。PM理論とは、Performance(目標達成)とMaintenance(集団維持)機能を組み合わせた考え方。例えばPは、目標達成に向けて計画を立てることで、その遂行にあたり指示を出したり、規制の順守を徹底することで、Mはメンバー間の葛藤や緊張を緩和するなどの活動を指す。この両方の特性を満たすことがリーダーシップを発揮することだとする。
映画から学ぶ
映画でも参考になる作品はたくさんある。ノルマンディ上陸作戦の最高司令官アイゼンハワーの、作戦計画から実行までを描いた『IKE』は、ワンボイスによる指揮、情報収集と計画の変更、意思決定の重要性など、危機管理リーダーに求められる資質が随所で見られる。月面探査船アポロ13の地球への生還を描いた映画『アポロ13』は現場はと後方支援(管制センター)それぞれにおけるリーダーシップが参考になる。絶体絶命の危機においても最後まで冷静さを失わず、限られた情報の中、意思決定をしていく姿は、クラウゼヴィッツの言う勇気、忍耐力、精神力、決断力すべてにあてはまる。『山本五十六』は、その名の通り、連合艦隊司令長官として開戦の火ぶたを切ることになった軍人・山本五十六の半生を描いたものだが、危機管理リーダーの平時における人間性について学ばされる点が多い。対米戦回避を願う自らの信念を押し通せなかった苦悩は、東日本大震災の福島第一原発事故で収束作業の陣頭指揮を執った吉田昌郎前所長ともかぶる…。ただし、施設の安全管理の責任者でありながら、予備電源の燃料タンクを海岸沿いの原子炉建屋横に放置したことや、地震前の津波対策をしなかった罪は避けられないだろうが…。
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