2020/11/17
2020年11月号 コロナ振り返り
インタビュー 危機の深層をよむ
京都大学人文科学研究所教授 岡田暁生氏

「ニューノーマル」と呼ばれる行動規範が普及しつつある。働き方の見直しを迫られた企業はデジタル通信環境を整備し、ITセキュリティーや労務管理などの体制を更新。人が集まれない時代に適応しようと準備に余念がない。だがその裏で、近代組織を支えてきた価値観の崩壊が静かに進んでいることは見過ごされがちだ。文化・芸術、スポーツ、イベント、旅行、会食――今何が失われようとしているのか。「音楽の危機-《第九》が歌えなくなった日」の著者で、京都大学人文科学研究所の岡田暁生教授に聞いた。(本文の内容は10月14日取材時点の情報にもとづいています)
https://www.risktaisaku.com/feature/bcp-lreaders
根源的な問いが投げかけられている
――9月に『音楽の危機-《第九》が歌えなくなった日』(中公新書)を上梓されました。音楽という分野にとどまらず、社会の危機と行く末をひもとく上で参考になります。コロナ禍の今、端的に何が起きているのでしょうか。
現代の組織というのは抽象的な概念なのか、それとも同じ場所と時間にみなで集まるという具体的な行為を指すのか。今回のコロナ禍で問われているのは、端的にいえばそこだと思います。
例えば大学を考えてみたとき、この4月に入学した学生たちは、おそらく極めて抽象的な感覚を生きている。「京大生」といっても、抽象的な京大生です。逆にこういう状況になってしみじみ分かってくるのは「なるほど、京大生というのはあの大学のキャンパスに何となく集まってよい資格のことだったんだな」ということです。
これは、会社組織も同じでしょう。リモートワークや脱オフィスで離散的な働き方を進めていけば会社は抽象化し、帰属意識といっても、帰属すべきものの実体が見えなくなってしまう。
実際、大学のキャンパスに行けばいろいろな友だちもできるでしょうし、おもしろい先生とも出会えるかもしれません。結局それらは、不特定多数との接触が起点になっているわけです。
そこに行って何が起きるかは分からないけれど、しかしそうした偶発的な人間関係が、さまざまなアイデアの元になっていた。それがコロナによってできなくなり、ズームなどによる情報通信一辺倒で、いったい人間関係は存在するのか。それが、現代の組織に投げかけられた根本的な問いだと思います。
――実存が揺らいでいる、と。それはまさに音楽が直面している危機なのですね。
要するに音楽の経験が、場所あるいは人が集まるという行為から切り離され、ソフトだけ、コンテンツだけ通信で流したとして、それは音楽を聴いていることになるのかということです。
もちろんみな命は惜しいし、自粛警察に怒られるのも嫌ですから、無茶はできません。しかし不特定多数の人が同じ場所に集まる行為が持っていた何か、パワーとでもいうのか、そういうものを捨てて音楽は成り立つのかについては、一考の余地があるところでしょう。その象徴が、例えばロックコンサートだったり、ベートーベンの交響曲「第九」の大合唱だったりするわけです。

少し話が逸れますが、この数週間のトランプ大統領の行動は、私には非常に印象的でした。どれだけ非難を受けても1カ所に対面で集まり、ロックコンサートのようなことをやる。彼は、人が集まることが持っている社会的なパワーをよく知っているのだと思います。
もちろん、結果はどうなるか分かりません。しかしスピーチをオンラインで中継すればよいというものではない何かが、彼の行動の根底にある。問題はそれをどうみるかで、トランプは反社会的だとみるか、しかし何らかのかたちであのパワーを維持しなければ人間社会は成り立たないとみるか。今の問題はそんな話にも置き換えられると思います。
2020年11月号 コロナ振り返りの他の記事
- 奥深く社会むしばむ コロナのダメージ
- 10月の危機管理・防災ニューストピック【デジタル化関連】官民で対応進む
- 危機を検証し改善につなげる
- テレワーク拡大に潜むITセキュリティー上の課題
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方