東京医療保健大学大学院教授の菅原えりさ氏

BCPは何も災害時だけのものではありません。社員がインフルエンザなどの感染症でバタバタ倒れてしまったら、戦力の低下は免れません。今日は皆さんが知っていることも多いと思いますが、まずは基本から話していきます。

感染は、次のような経路があって成立すると言われています。微生物やウイルスなどの病気の原因があり(病因)、それを取り込む人や環境がある(病原巣)。それを取り込みやすい傷口や口などの開口部があって(排出門戸)、伝播する経路があり(伝播経路)、別のものにそれを移す(侵入門戸)。そしてそれらを受け入れやすい人がいて(感受性宿主)、感染が成立します。

理屈でいうと、このうちのどこかを遮断してしまえば感染は発生しません。そのため一般的にオフィスの中では「伝播の経路を遮断する」ことと、もう一つは「感受性宿主」、すなわち感染を受けにくい体にする。この2つが一般的に分かりやすい方法です。

インフルエンザの傾向と対策

2009年に約30年ぶりに新型インフルエンザ(H1N1)が発生しました。それまでのA型の季節性インフルエンザは香港かぜ(H3N2)とソ連かぜ(H1N1)でしたが、現在ではソ連かぜに変わり新型インフルエンザが季節性となりました。A型インフルエンザは新型インフルエンザ(H1N1)と香港風邪(H3N2)の2つが毎年流行しています。

インフルエンザは感染力の強いウイルス疾患です。流行時期はだいたい12月下旬から3月上旬。潜伏期間は1日~4日。発症1日前から感染力もあるといわれています。感染経路は飛沫によりますが咳やくしゃみによって環境表面が汚染されそれに触れたことでウイルスが体内に取り込まれる経路もあるため接触による感染経路も無視できません。インフルエンザに罹患した人が不用意に人込みや人と密接関わるところへ行けば、周囲の人々に伝播させることは必至です。飛沫感染の予防策としては、「患者がマスクをする」ことが最も有効。また、「インフルエンザの患者さん近くに接触する場合にマスクをする」ことも有効です。満員電車でマスクをすることが予防になるかどうかは分かりにくいですが、「隣の人がインフルエンザの潜伏期間」だと仮定すれば、効果はあるかもしれません。
ただ、四六時中どこに行くのもマスクをする必要はないと思います。周りの人に風邪をうつさないために、マスクをする、ティッシュなどで咳をしたときに抑える、これらのことは世界的に「咳エチケット」として言われています。

タミフルは処方されたらその場ですぐ服用!

現在のインフルエンザのワクチンは、「A型(H1N1)新型」「A型(H3N2)香港型」「B型山形系統」「B型ビクトリア系統」の4種混合ワクチンです。ワクチンを接種してから効果が出現するまで2週間くらいなので、12月中旬までには打ち終えたほうがいいと言われています。効果は3~4カ月。ただし、ワクチンを打ったから罹患しないというわけではなく、罹患しても症状が軽くなる効果があるといわれており、積極的な接種が望まれます。

インフルエンザと診断され抗インフルエンザ薬(タミフル)が処方されたら、すぐに服用するようにしてください。抗インフルエンザ薬(タミフル)はインフルエンザウイルスの増殖を抑える薬なので、うちへ帰ってからゆっくりではなく、一刻も早く服用することが大事です。

企業には罹患時の注意事項と就業基準を作ることをお勧めします。就業基準としては、これは学校保健安全法を参考にしていますが、例えば、解熱をした日を含めて2日間は自宅療養。翌日発熱がなければ出勤可能。すなわち、インフルエンザの場合は最低3日間は出社停止で、念のため勤務初日から2日間はマスク着用です。しかし、就業基準を作っても守らなければ意味がありません。

ノロウイルスは0.1gで数百万人に感染?

冬の感染症2大巨頭はインフルエンザとノロウイルス感染症です。ノロウイルスは感染者の糞便1gあたり数億個のウイルスが存在しているといわれています。一方で10個~100個の少量のウイルスで十分に感染するといわれ、おまけにノロウイルスは環境中で比較的長く生存することも知られています。

感染経路は接触(吐物や排泄物が口から入る「糞口感染」)で伝播します。目に見える便を口に入れる人はいませんが、手に付着したウイルスが口から取り込まれる、舞い上がった吐物や排泄物を知らず知らずに口に取り込んでします、このようなことで感染していくのです。もともとは牡蠣や貝類の食中毒ですが、ヒトからヒトへの伝播が主流となっています。

潜伏期間は1日~2日で、普通は2~3日で治りますが、その間は嘔気、嘔吐、下痢などかなり苦しい状況が続きます。一般的には特別な治療をせず(脱水症状がひどければ輸液などの治療が施されます)軽快しますが、やっかいなのは症状が軽快しても3~7日、長ければ3週間程度、糞便中にウイルスが排出されるのです。つまり、治っているはずなのに人に移してしまう可能性があるということです。もし自らが一度ノロウイルス感染症(多くは「急性ウイルス性胃腸炎」と診断されます。原因ウイルスを特定する検査方法はありますが、3歳以上65歳未満は保険適用外となりますので、ノロウイルス感染症と確定診断されることは稀です。よって、激しい嘔吐や下痢などの場合は「ノロウイルス感染症かもしれない」と判断し対応してください)に罹患した後の排泄後の対応には注意が必要です。しかし、社内では不特定多数がトイレを使用するわけですから、トイレ使用後の流水石けんでの手洗いをしっかり行い。自己管理していくことが重要でしょう。

11月、12月になるとノロウイルス感染症患者は増えてきます。ただ、一般的には上述したようにノロウイルス感染症と診断されることは基本的にありませんので、就業基準では下痢や嘔吐などの症状がひどければノロウイルス感染症だと考え、速やかに帰宅していただくのがいいと思います。出社は、症状が軽快すればいいと思います。

平時からの社内マネジメントが大事

感染症については、一般の社会生活の中で病因や病原巣を取り除くことは不可能です。やはり伝播経路を遮断することが企業にとって重要になりますが、そのために必要なのは就業ルールをきちんと決めることです。発熱・嘔吐・下痢を早期にキャッチし、そのような症状がある社員は出勤しないようにする。これが企業における伝播経路の遮断です。もう一つは、必要なワクチンを接種することを個人任せにするのではなく、社内で推奨していくことも重要でしょう。

とかく、社員は何らかのノルマに追われ、少しくらいの体調不良もかまわず仕事にまい進することが容易に考えられます。しかしそこは、マネジメントする立場にある方が、社員の健康を守るため、早期かつ予防的に対応していく配慮も重要な業務だと思います。それが、日々の業務に支障をきたさない管理であり、BCPであると考えます。

(了)

リスク対策.com 大越 聡