2021/09/15
Joint Seminar減災2021 第2回シンポジウム
東日本大震災から10年
国立研究開発法人防災科学技術研究所理事長の林春男氏と、関西大学社会安全センターセンター長の河田惠昭氏が代表を務める防災研究会「Joint Seminar減災」(事務局:兵庫県立大学環境人間学部教授 木村玲欧氏)の2021年第2回研究会が7月16日に開催され、関西大学社会安全学部教授の高鳥毛敏雄氏と同学部教授の一井康二氏がそれぞれ講演した。シリーズで講演内容を紹介する。最初の2回は、高鳥毛氏の講演を前半・後半に分けて紹介する。

公衆衛生とは
公衆衛生というのは、専門分野ではありますが、いろいろなものの合体で成り立っており、災害時においては被災者に関わる医療も含めた健康支援活動が公衆衛生の活動になります。
わが国の災害時の公衆衛生活動は阪神・淡路大震災からスタートしています。一般的には阪神・淡路大震災から災害派遣医療チーム(DMAT)が発足し、災害時の医療や保健師の応援・派遣、避難所の避難者に対する健康支援活動が行われるようになったといわれていますが、実際には昭和30年、特に昭和50年代に入ってから日本の健康支援サービスは始まり、ある程度整ったところで起きたのが阪神・淡路大震災です。さらに、それを災害に向けてある程度整えた中で起きたのが東日本大震災です。ほぼフルスペックがそろっていましたが、阪神・淡路大震災を前提に考えてきた公衆衛生活動では通用しないという当たり前の現実に直面し、その点を考慮した公衆衛生活動がこの10年で培われてきました。
日本と欧米の違い
日本の公衆衛生に携わる人間は9割以上がイギリスやアメリカの公衆衛生をベースに勉強ないし研究していますが、実は公衆衛生は日本にも奈良時代から存在しており、欧米より先んじていた側面があります。公衆衛生活動では人に直接支援したり人の実態を把握することが不可欠なので、国家的な制度だけでは片手落ちで、基本的には自治体の制度であるというのが最大の特徴です。
一方、アメリカやイギリスにおける公衆衛生学の定義は「The science and art」から始まります。単なるサイエンスではなくアートであり、このアートというのは芸術というよりも、実務的に熟練した専門職なり経験に基づいた対策ということです。そして、アメリカではコミュニティ、イギリス社会ではソサエティという言葉を使い、社会のあらゆる資源を、総力を挙げて動員し、人の健康・安全を増進させるというのが共通した定義となっています。そのように考えると、全ての分野の人々の力や学問を結集させなければならず、さまざまな木の根っこを束ねない限り公衆衛生活動は成り立ちません。日本の公衆衛生の場合は、西洋の根っこと日本社会固有の根っこをどう束ねるか、単なる欧米との比較では分かりにくい構造になっています。

さて、日本の公衆衛生活動は、阪神・淡路大震災からスタートしたわけですが、公衆衛生制度が機能するためにはパーツをそろえる必要があります。図表2の右のフロー図にあるように、生活を支えるインフラ、社会制度、組織、人材をまず整えることが1980年代までの日本の課題でした。それらが量的に確保された後、質を高めるフェーズに入ったときに起きたのが阪神・淡路大震災であり、システム化、包括化、成熟化が求められたのが東日本大震災であると言えます。

- keyword
- 公衆衛生
Joint Seminar減災2021 第2回シンポジウムの他の記事
- 東日本大震災から10年の変化 ~耐震工学やリスク評価の観点から~(その2)
- 東日本大震災から10年の変化 ~耐震工学やリスク評価の観点から~(その1)
- 東日本大震災から10年~新たな公衆衛生活動の歩みと課題~(その2)
- 東日本大震災から10年~新たな公衆衛生活動の歩みと課題~(その1)
おすすめ記事
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
-
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/06/05
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方