2021/10/01
Joint Seminar減災2021 第2回シンポジウム
東日本大震災から10年の変化
国立研究開発法人防災科学技術研究所理事長の林春男氏と、関西大学社会安全センターセンター長の河田惠昭氏が代表を務める防災研究会「Joint Seminar減災」(事務局:兵庫県立大学環境人間学部教授 木村玲欧氏)の2021年第2回研究会が7月16日に開催され、関西大学社会安全学部教授の高鳥毛敏雄氏と同学部教授の一井康二氏がそれぞれ講演した。シリーズで講演内容を紹介する。今回(第3回)は、一井氏の講演の前半について。

危機耐性の考慮
東日本大震災が起きて何の議論が必要になったかというと、一つ目は想定外についてです。つまり、「東日本大震災のような想定外の外力をどう考えるか」という課題が突き付けられました。図表1にように津波のハザードマップと実際の浸水域がこれだけ違うのを見ると、想定外を考えなければいけないことがわかります。

では、耐震工学や地震工学の分野でどう考えたかというと、それまでは阪神・淡路大震災を踏まえて性能設計を用いていましたが、その後、危機耐性という概念を導入しました。土木学会の研究発表会では、部門別にセッション名が用意されています。つまり、ある程度同じようなテーマを集めて発表するということです。
例えば、私が発表したり座長を任されたりするセッションには、「港湾の耐震」というセッションがあります。同様に、「橋梁の耐震」「ダム・タンクの耐震」「トンネルの耐震」「盛土の耐震」などのセッションがたくさんあるのですが、その中に新しく「危機耐性」というセッションができました。これからは地震工学の中で危機耐性が大事だということが共通認識として認知されたのが新しい変化だったと思います。
危機耐性とは、「狭義の設計段階で想定していなかった事象においても、構造物が、単体またはシステムとして、破滅的な状況に陥らないような性質」と定義されています。最悪な事態が起きても破滅的な状況にならないようにするということです。英語ではアンチカタストロフィーといいます。イメージしづらいので具体的に言うと、被災・損傷した後のインフラがどのような挙動を見せるかという事象を考慮し、それらへの対応を取ることです。
もう少し具体的なイメージをしてみます。例えば図表2の上の写真は電車の線路です。電車が脱線するのは仕方がないかもしれませんが、脱線してあさっての方向に飛んでしまうと人が亡くなってしまうので、飛んでいかないようにするための装置を付けておこうということです。そうすれば、ある程度の範囲にとどまってくれるでしょう。

あるいは下の図は高架橋です。地震が起きると横向きの慣性力で柱が横にずれて倒れてしまいます。青い柱が、壊れているところです。不適切な表現かもしれませんが、とても強い力だとある程度は壊れても仕方がないかもしれません。ただ、このときに一番危ないのは、青い柱が倒れたことにより重力による荷重を支え切れなくなり、橋が下に落ちることです。兵庫県南部地震のときに神戸市役所のビルの中層階がつぶれましたが、そのような事態を避けたいわけです。水平力を抑えることはできないとしても、橋が下に落ちないように支えたり、隙間を確保したりすれば恐らくつぶれることはないので、そのようなものを設けておこうというアイデアが図の赤い柱の設置です。
一番分かりやすいのは図表3の例だと思います。これは、鉄道などの高架橋があり、その左側に子どもも通るような道路があるなら、そちらに倒れるのは避けて、右側に倒れるようにするというアイデアです。いずれにしても上を通っている電車の乗客は亡くなると思いますが、右側に倒れるようにしておけば、少なくとも左側の道路の人は助かるし、その道路を復旧活動にも使えるのではないかという発想です。

非常に難しいところもあります。例えば、倒れたときの状態はどうかというところまではさすがに計算が追い付きません。緻密な解析は到底無理で、右に倒れるか、左に倒れるかという極めて定性的な評価だけになります。ただ、定性的な評価でも役に立つのではないかというのが危機耐性の考え方です。
他にも、いろいろな考え方があります。一つは、レジリエンスの考慮により復旧が早くなるという時間の効果です。あまり良い例ではないかもしれませんが、図表4は大阪北部地震の例です。大阪北部地震の後、私は高槻キャンパスのトイレの大きな窓から外を眺めました。そうするとブルーシートがたくさん見えたのですが、しばらくすると風でめくれていくわけです。めくれていくと、また直さなくてはいけないので面倒です。従って、壊れたときの適切な直し方や、被災しても直しやすい構造を最初から用意しておくこと、風や紫外線で劣化しにくい応急処置の方法を用意する必要があり、このようなことも危機耐性の中に入ってくるのではないかと思います。

また、インフラの場合は、単体の構造物だけではなく、他のものと組み合わせて使うことになるので、インフラのネットワークとしての機能を考える必要があります。システム領域の拡張という表現を使うと難しく感じますが、イメージとしては道路のネットワークです(図表5)。例えば被災者が救急車で運ばれるときに、どの道路を通ればいいかを考え、その道路を最初から丈夫にしておく必要があります。昔からライフライン工学で行われていたことですが、もっとしっかりとクリティカルなところの対策をしていくということも危機耐震に含まれると思います。

このような危機耐性というアイデアが、東日本大震災の後、想定外に備えるという意味で提案されています。いろいろな観点があり、まだ各セッションで議論されている最中なので確立されたものではありませんが、アイデアとしては認知されています。
完全に私見ですが、私が東日本大震災の現地調査に行った経験を基に危機耐性についてまとめてみました。私が訪れた中で最も衝撃を受けたのは陸前高田市役所です(図表6)。3階の上まで水が来て、屋上も少し水浸しになり、屋上にいた人が生き残りました。山に向かって走ろうにも結構遠いですし、3階の上まで水が来るなんて、どうすればよかったのだろうと悩みましたが、実際に校舎を見て、3階建て部分の裏側に非常階段があることに気付きました(図表7)。


非常階段は火事から逃げるためのものなので、普通は屋上までつなげません。実際に陸前高田市役所の非常階段も3階までしかつながっていませんでした。3階まで水浸しで屋上まで行かなかったわけですが、この階段がもし屋上に通じていたら、もちろん建物の中には屋上に続く階段がありますが、ここにも階段があれば外にいた人が登れたのではないかと思いました。普通に考えると「火事に備えた非常階段だから屋上までつなげるのは無駄だ」だと言われてしまうところですが、万が一に備えて屋上までつなげておこうという話が、危機耐性の考え方につながってくるのではないかと理解しています。そして、その考え方を、安全性・修復性・使用性という既存の設計のカテゴリーに加えて、カテゴリー2という形で入れるべきだというのが危機耐性の考え方です(図表8)。

もちろん難しい点はいろいろあります。定量的な評価ができず定性的ですし、壊れることを踏まえるという意味で、社会がリスクを許容する必要があります。このあたりが課題となっています。
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