2018/05/10
熊本地震から2年、首長の苦悩と決断
初動対応における最初の判断
4月14日、ちょうど会合から公舎に帰宅して風呂に入ろうと水を入れた直後の21時26分に前震が起きました。これは強い地震だと身構えたのを覚えています。風呂の火を消して、すぐに県庁に駆け付けました。21時52分に防災センターに到着してまず決めたのは、初動における指揮を、自衛隊OBの危機管理防災企画監に任せるということです。災害対応に関しては、私より、何度も危機対応を経験している専門家が指揮を取り、指揮命令系統を一元化すべきと考えました。その上で、私は他の幹部職員とともに、被害状況の把握やライフラインの復旧などに専念するようにしました。
遠慮の文化を捨てる
災害対策本部には次々と被害情報が入ってきており、大変な状況であることは一目瞭然でした。そこで、22時に消防庁に、22時40分には自衛隊に出動要請を行いました。阪神・淡路大震災のときはこの要請が遅れたことを大きく批判されており、早く自衛隊に要請すべきだと普段から考えていました。
自衛隊とは年2回ほど意見交換を行うなど、常日頃から「顔の見える」とても良い関係ができていました。それでも要請となると多少怯んだのは事実です。法律では、自治体ができないことが生じたときに知事が自衛隊に出動を要請できることになっています。しかし、夜に発生した熊本地震では、私たちにも何が起きているか、はっきりとは把握できない中で判断せざるを得ませんでした。
残念ながら今回の地震で50人もの方が直接的な被害で命を落とされました。しかし、それでも自衛隊に早く要請したことで被害が抑えられたのではないかと思います。自衛隊・消防・警察の三者で少なくとも1700人の命が救われました。
この人命救助の段階が混乱していたら、その後の展開はとても難しかったと思います。失敗でも、空振りでもいいから早く要請することがポイントです。通常の県庁の文化では、間違ってはいけないと考え、「もう1度、正確かどうか調べてから」というようなことになってしまう。また、なるべく自分たちでやって人には迷惑をかけないという「遠慮の文化」があります。しかし、この2つは災害時には捨てなくてはならないのだと思います。
国・県・熊本市の幹部合同会議
前震の翌日には、国の非常災害現地対策本部が設置され、国の幹部も多く熊本県に来られました。今回の国の対応として非常にありがたかったのが、地震直後から、熊本出身者や熊本県庁への出向経験者を中心に派遣してくれたことです。こうした人たちは熊本に愛着があるし、熊本の地理や文化をよく知っています。それから、県庁には元部下がいっぱいいるんですね。この人たちと県の幹部、それから熊本市の副市長らで、県の災害対策本部会議が終わった後、毎日、合同会議を開いて意見交換をしました。インフォーマルですが、これが非常に機能したと思います。
3倍の支援要請
前震への対応が比較的速やかにできたと思っていた4月16日の1時25分、今度は本震が襲いました。夜中に秘書がすぐに迎えに来て、防災センターに戻りました。
3時47分に私から内閣府防災担当の大臣に対して物資支援を要請しました。警察OBの政策参与の助言を受けて、「支援の量をすべて3倍にしてほしい」と要請しました。自衛隊も通常予定される3倍、水、食料も3倍、すべて3倍でお願いしたのです。普通、行政は、3倍なんて要求できないはずです。ここでも「遠慮の文化」があり、少なめに支援を要請しがちなのですが、とにかく3倍と言い続けました。なぜならスピードを上げて対応するには、量が不可欠だからです。後で聞いたところでは、送る方も「こんなに送っていいのか」「余ったらどうしよう」などいろいろ悩むので、「とにかくたくさん送ってほしい」と言われて、「安心して送ることができてよかった」との話もありました。
受援の課題
一方、プッシュ型で大量の物資は来たけれど、受援体制ができていなかったという問題が発生しました。物資が県民運動公園などの市町村の物資集積拠点に滞留し、避難所等の被災者に届くのが遅れたところがありました。これは当然、批判を受けることになりました。配れなかったことは大きな課題ですので、今後、どのように被災者の手元に届けるのか、物流業者などとの連携も含め、しっかりと考えていかなくてはなりません。しかし、集まっている物資の映像を見て、水や食料が近くまで来ているという安心感は、県民の中にあったと思います。政府によるプッシュ型の支援は県民に希望を与える上でも効果的だったと思っています。
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