インタビュー
東京海上日動リスクコンサルティング㈱BCM事業部 BCMコンサルティング第二グループ 柴田慎士研究員

BCPは競争力の源泉になる

黒木記念病院のBCP策定を支援した東京海上日動リスクコンサルティング㈱BCM事業部の柴田慎士研究員に、医療機関におけるBCPの意義を聞いた。

Q、病院の多くは、震災などを想定した災害医療マニュアルを整備しているはずだと思いますが、BCPはこうした防災計画と具体的に何が異なるのでしょうか。

BCP と従来の防災計画との最大の相違点は、従来の防災計画が人命の安全にフォーカスをあてたものであるのに対し、BCPはそれだけではなく業務の継続をフォー カスしている点です。防災のように災害直後の応急対応だけではなく、BCPでは通常業務の継続体制まで整えることが最大の相違点と言えます。

2 点目は、被害の想定をしっかり行っているかどうかです。防災計画でもある程度の被害想定をしているはずですが、BCPの場合、例えば地震を想定した計画で あれば、建物やライフラインだけでなく、医療機器、スタッフ、備蓄などの細かな経営資源に対しても、具体的にどのような被害が出るのかを想定した上で対応 を検討することが求められます。

3点目は、災害時に新たに生じる業務も含めて、優先すべき業務と、その優先業務を行うために縮小・中断させ る非優先業務の峻別がされているかどうかです。防災計画のように漠然と復旧業務にあたるというだけではなく、より実効性を高めるために、BCPでは各事業 に対する経営資源の配分を明確にします。同時に、被災により医療資源が制約される中で、通常業務に加えて応急対応業務を行うということは、縮小・中断する 事業についてもしっかりと整理しておくことが求められるということです。以上のような視点から、災害医療などのマニュアルを見てみると、BCPの要素を成 しておらず、実効性という点で疑問があることが多いです。

Q、なぜ、医療機関はBCPを策定する必要があるのでしょう。従来の防災計画だけでは不十分ですか。

防 災もBCPもあくまで手法であり、最終的な目的は災害時により効率的、機能的に動ける体制をつくり上げることです。その意味では、被害想定にもとづき優先 業務、非優先業務を峻別するというBCPの観点を加えた方がより実効性は高まる、逆に言えばそこまでしないと実効性が十分に担保されているとは言えないと 考えます。

もう1つは、経営的な視点です。つまり、BCPの構築は、市民に選ばれる病院になるための競争力の源泉として、他の病院との競争 力を高める上で重要な要素になると思うのです。災害とまでは言わなくとも、システムトラブル等が発生した際に簡単に機能を停止してしまうような病院をかか りつけの病院にしたいとは思わないでしょう。公立の病院においても、独立採算制である以上は、地域から選ばれない限り、最終的には生き残っていくことは難 しいはずです。

Q、従来の防災計画で、実効性という観点から最も欠けていたのはどのような点でしょうか。

被 害想定がしっかりされていないが故に、そもそも何が問題なのかが可視化されていなかった点が最も欠けている観点と考えます。特定の経営資源が使用不可能と なるという想定をおくことによって初めて、現状ではこの業務もできない、あの業務もできないといった問題点が明確になるわけです。

Q、被害想定として最低限、抑えておかなくてはいけない点はありますか。

最 低限という意味では、まずはライフラインの停止などから考えてみるべきです。弊社では、初めてBCPをつくる際には、あまり厳しい被害想定を置かないこと をお薦めしています。例えば、病院自体が立ち入り不可能・使用不可能となるような想定をすると、そこで思考停止に陥る可能性が非常に高くなってしまいま す。このような厳しい被害を想定してのBCPの策定は、ある程度BCPの考え方に慣れてから徐々に取り組んでいくべきと考えます。被害想定というのは、あ る種の連想ゲームのようなところがあります。例えば電気が止まることを考えると、自家発電装置が必要になることに気づきます。さらに、自家発電装置は何時 間しかもたない、しかも照明分しか賄えないとなれば、不足分はどうするというように発展して考えていくことができます。同様にガスが使えなくなれば、滅菌 装置も使えなくなるなど、ライフラインだけでも、かなり幅を広げて考えていくことができるでしょう。

Q、被災想定にもとづく対策はどの程度行えばいいのでしょうか。

コストとのトレードオフにはなりますが、事前にできるだけの対策を実施した上で、できないことは残存リスクとして明確にしておくのがBCPの基本的な考え方です。

医 療機器でしたらメーカーに相談して固定化をする、消耗品はある程度備蓄するなどの対策が代表的なものとなります。対策を検討する際には、もちろんデッドス トックをあまり増やしたくないなど経営判断はあるでしょうが、可能な対応は行っておくべきです。一方で、例えば天井から吊るされているようなレントゲン機 器などを補強するのに多額な費用がかかり現状での対応が難しいなら、投資案件として継続的に考えていく体制を整え、最低でもメンテナンス先の電話番号、担 当者などの連絡先をしっかり整備しておく必要はあります。

同様に、自家発電用の燃料などは、近くのガソリンスタンドと事前に話をしておくことも有効です。大切なのは、二重、三重のセーフティネットを少しずつ整えていく継続的な視点です。

Q、医療機関の場合、被災者の受け入れなどの業務が新たに加わります。こうした被害想定は、どのように行えばいいのでしょうか。

例えば、阪神・淡路大震災など過去の災害について、ある病院における負傷者数や、実際に受け入れた患者数などを参考に、当該の病院がある地域の人口密度や近隣の病院数などを加味することで、どのような状態になるのかをイメージすることができます。

Q、優先業務、非優先業務はどのような考え方をすればいいのでしょう?

大 きなカテゴリーでは優先業務として入院患者や職員の安全確保、負傷者へのケアなどが挙げられるのでしょうが、むしろその裏にそれらの業務を支える業務が多 数存在することに注目すべきです。例えば手術という重要業務を取り上げた場合、その背後には医療機器の滅菌など、一見目立たないが止まってしまえば手術が できなくなる業務が複数存在します。こうした業務まで、しっかり洗い出して優先順位を決めていくことが求められます。

Q、一言で医療機関といっても、個人経営のような診療所や、中小規模の病院、あるいは災害拠点病院のような災害時に特に被災者の受け入れが求められるような医療機関とでは、立場も異なってきます。BCPの内容も変わってきますか。

当 然ながら、災害拠点病院などは、一次救急の病院と比べ高い実効性が求められることは間違いありません。とは言うものの、中小の病院でも、負傷者が多数押し 寄せることが想定されますし、医療空白地帯のような自治体であれば、何としても被災者の受け入れを行うという判断になるでしょう。「私の病院はライフライ ンの被害を受けているので、もう入って来ないで下さい」というわけには簡単にはいかないと思います。逆の言い方をすれば、一次救急、二次救急のしっかりし ている地域なら、診療所のBCPとしては一時的に全業務を止めてしまうという判断があってもいいのかもしれません。BCP策定の最初のステップとして、自 分の医療機関の経営方針や、立地条件から鑑みて、どの程度の災害時の機能性を有しておかなければならないのかという検討することが必要です。

Q、 一般的に病院の防災意識は非常に高いと言えると思いますが、内閣府が09年7月に行った「特定分野における事業継続に関する実態調査」では、医療施設にお けるBCPの策定率はわずか4.8%と低い結果となりました。なぜ、病院でのBCP策定が進まないのでしょうか。何から見直していけばいいのでしょうか。

ご指摘の通り、医療従事者の多くは防災意識がとても強く、実際の災害現場においてもその献身的な努力には大変感銘を受けます。「医療従事者のわが身を削るような努力で患者が救われた」というような美談は何度も耳にします。
逆 に言うと、このような美談は、わが国の災害医療が組織としての対応ではなく、医療従事者個人の献身的な努力と負担に支えられていることを示していると考え ます。このような美談の背景に、災害時に十分対応できなかったことによりPTSD(心的外傷後ストレス障害)などに苦しむ膨大な数の医療従事者がいること を忘れてはいけません。医療機関という組織体である以上は、個人の努力や負担に過度に依存せず、BCP策定に代表される組織として災害対応を行える体制を 構築しておくことが重要です。

もう1つ、これまでの災害医療に対する行政の施策が、どちらかというとマクロ的な体制整備を先行させてきた点 が挙げられます。具体的には阪神・淡路大震災以降の災害拠点病院の指定や、DMAT(災害派遣医療チーム)の整備などは、いずれもマクロ的な意味での対応 能力を高める施策と言えます。翻ってミクロな視座にたってみて個別の病院が脆弱でいいのかというと、私はそうあるべきではないと思います。災害拠点病院は ある意味、最後の砦です。中小の個別病院も含めて、今、BCP的な要素を加えた災害時の実効力を高めていくことが求められているのだと思います。