2022/10/07
炎上と企業
何が炎上を呼び起こすのか?
成蹊大学文学部 伊藤昌亮教授と考える
伊藤昌亮氏 いとう・まさあき
1961年生まれ。85年東京外国語大学外国語学部卒業。2010年東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。日本アイ・ビー・エム、ソフトバンク勤務を経て、09年愛知淑徳大学現代社会学部准教授、10年同大学メディアプロデュース学部准教授、15年から成蹊大学文学部教授。専門はメディア研究。著書に『炎上社会を考える―自粛警察からキャンセルカルチャーまで』(中央公論新社)『ネット右派の歴史社会学―アンダーグラウンド平成史1990-2000年代』(青弓社)など。
先のインタビューでは、主にインターネットとソーシャルメディアの普及という側面から、炎上が起きる理由と企業の対応について整理した。ここでは主に、現代社会が抱える対立構造と、その政治的・思想的背景にスポットをあててみたい。炎上という紛争状態を引き起こす時代の構図と、そのなかでの企業の立ち位置とは? 『炎上する社会-自粛警察からキャンセルカルチャーまで』(中央公論新社)の著者で、成蹊大学文学部教授の伊藤昌亮氏とともに考える。
1. 炎上を引き起こす対立の構図
対立構造はどのように複雑化していったのか
――「炎上」という紛争状態をこれほどひんぱんに引き起こす社会は、背景にどのような対立構造があるのでしょうか?
簡単に整理すると、もともとはマジョリティーとマイノリティーの対立ですよね。マジョリティーが強者で、マイノリティーが弱者。このシンプルな構図が我々の一般的な認識だと思います。
このときのマジョリティーというのは、国家だったり、企業や市場だったり、あるいは男性や自国民だったり。一方でマイノリティーは、いろいろな解釈ができますが、特に最近いわれるのがジェンダーとエスニシティー。女性やLGBTといった性的マイノリティーと、外国人や移民などの民族的少数派です。
従来のマイノリティーは経済的弱者、資本家に搾取される労働者といった意味合いが強かったのですが、最近は経済的視点より文化的視点が強い。マイノリティーというと、文化的な少数者を指すことが多くなっています。
強者のマジョリティーと弱者のマイノリティーの区別は以前からあって、そこに権力勾配、つまり権力の傾きがある。権力勾配の下方にいる弱者は、放っておくと声もあげられない。そこで、いわゆる「リベラル」と呼ばれるメディア人や文化人、知識人たちが、弱者に代わって声をあげる。弱者のマイノリティーとリベラルが連帯し、強者のマジョリティーに対抗することで、対立構造が3つ巴になっていくわけですね。
しかしそこでは終わらず、今度はマジョリティー側にいた人たちが、自分たちこそが弱者だといい始めた。よく「弱者男性」などといわれますが、「KKO(キモくて金のないおっさん)」などといわれる人たちなんかが出てきます。「女性ばかり優遇するけれど、見向きもされない我々こそが弱者だ」と。
それから、いわゆる旧中間層。地方の中小企業経営者や自営業者、特に一次・二次産業の人たちです。彼らは公共事業や補助金、規制、税制といった、いわば自民党の既得権益型の政治と保護行政に守られてきた面がありますが、それが55年体制の終焉と新自由主義改革によって徐々になくなっていった。そこで「自分たちも大変なんだ」と。
そうした人たちは弱者か強者かあいまいな部分もありますが、実際に話を聞いていくと、みな「誰も助けてくれない」という思いを持っている。そこに上から目線で、自分たちが助けたい弱者だけを助けるような特権的発言をするリベラルを「あなた方こそが権力者だ」といって反発を強めるわけです。
そうなると、従来の権力勾配が逆転する。今度は、自分たちこそが弱者だと称する、いわゆる「右派」と呼ばれる人たちが、マジョリティーの強者と結びついていきます。
3つ巴が4つ巴になり、対立はますます複雑化。そのなかでいろいろな問題が起きているのが、現在の状況といったところでしょうか。
2. 企業が置かれている状況
炎上すべて御法度としていては成り立たない時代
――その問題の一つが炎上だ、と。
例えば広告の表現や経営者の失言は、基本的にリベラルからの炎上です。マジョリティーの人たちが相変わらずひどいことをいってマイノリティーを差別するので、リベラルが怒って炎上を起こす。その一方で先ほどの右派、自分たちを弱者と称する人たちも、マイノリティーの肩ばかりを持つリベラルに、折に触れて不満をぶつけるわけです。
リベラルからの炎上は、自分たちが新しい価値基準をつくるのだというニュアンスを含み、マイノリティーの弱者性とマジョリティーの強者性を問題にします。一方で右派からの炎上はそうした意識の高さを傲慢だと批判し、自分たちの立場をもっと見てくれというニュアンスで、自己の弱者性とリベラルの強者性を問題にする。なので、すごくややこしいですね。
――そんなややこしい状況のなか、企業はどう対応したらよいでしょうか?
企業の炎上もいろいろあると思いますが、その炎上が何を目指しているのか、マイノリティーの人権を守るための炎上なのか、自己の意識の高さを主張するための炎上なのか、リベラルやリベラルと結びつく弱者を攻撃するための炎上なのか、そのあたりを見極めたうえでないと対応できないでしょうね。
ただ、マイノリティーの人権を毀損するような表現や発言で炎上が起きたら、それは深刻な炎上です。社会に根強く巣食っている根源的な差別に対するリベラルからの抗議ですから、すぐにていねいな対応をしたほうがいい。
一方で、一部の右派から起きる炎上は、やり過ごすというと語弊がありますが、攻撃自体が目的化しているような炎上の場合は、いったん収めても繰り返し起きる傾向があるんですね。誹謗中傷的な内容が含まれることも多く、その場合はていねいな対応というより、ときには法的対応が必要になってくるでしょう。
ただ、炎上すべて御法度という姿勢では、効果的なマーケティングもできない時代です。何も意見がない、自社の考えを表明しない企業からは、消費者が離れてしまいますから。
炎上は起きるかもしれないけれど、だからといって何も発信しないでは企業活動自体が成り立たない。その意味でも、自社の立ち位置を定めることがやはり大事でしょうね。
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