契約の付随義務
安全配慮義務を例に

山村 弘一
弁護士・公認不正検査士/東京弘和法律事務所。一般企業法務、債権回収、労働法務、スポーツ法務等を取り扱っている。また、内部公益通報の外部窓口も担っている。
2024/08/08
弁護士による法制度解説
山村 弘一
弁護士・公認不正検査士/東京弘和法律事務所。一般企業法務、債権回収、労働法務、スポーツ法務等を取り扱っている。また、内部公益通報の外部窓口も担っている。
契約を締結すると、債権や債務が発生することになります。債権とは、債権者が、債務者に対して、一定の行為(給付)を請求することのできる権利のことをいい、これを反転させたものが債務ということになります。
例えば、売買契約については、「当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる」(民法555条)と規定されており、売買契約が成立すると、①買主は、売主に対して、目的物を引き渡すよう請求することのできる権利=債権を有することになり(反対に、売主は、買主に対して、目的物を引き渡す義務=債務を負うことになり)、②売主は、買主に対して、代金を支払うよう請求することのできる権利=債権を有することになります(反対に、買主は、売主に対して、代金を支払う義務=債務を負うことになります)。
つまり、売買契約の主たる債権・債務は、①目的物引渡請求権(目的物引渡義務)、②代金支払請求権(代金支払義務)ということになりますので、債務者は、それぞれ、目的物引渡義務や代金支払義務だけ履行すれば、義務の履行としては十分であるということになりそうです。
しかしながら、契約における義務については、主たるもの・中心的なものである給付義務に限られず、契約に付随して発生する付随義務が存在すると考えられていますので、付随義務を理解し、それを十全に果たすことが求められる場合があります。
そこで、今回は、契約の付随義務につき、安全配慮義務を例にご説明したいと思います。
雇用契約・労働契約について、「雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる」(民法623条)、「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する」(労働契約法6条)と規定されています。
民法と労働契約法とで規定ぶりは少し異なりますが、いずれにしても、主たる債務(給付義務)は、①労働者の使用者に対する労務提供義務と、②使用者の労働者に対する賃金支払義務ということになります。
しかしながら、この主たる債務とは別に、「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」(民法1条1項)という信義誠実の原則(以下「信義則」)から、使用者の労働者に対する安全配慮義務が導き出されています。
最高裁は、「雇傭契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるが、通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という)を負っているものと解するのが相当である」と判示して(昭和59年4月10日)、使用者の労働者に対する安全配慮義務を認めました。
そして、労働契約における安全配慮義務については、現在では、労働契約法5条で「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定され、明文化されています。
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