2018/09/10
東京2020大会のリスク対策

「想定外」を乗り越える対策
企業がリスクマネジメントを考える際、日本では地震・火災・事故・テロ・感染症など、被害の上流にある「原因」まで遡って対策をとることが多くあります。実際、火災が起きたあとの対策を考えるよりも、火事が起きない準備をすることが一番効果が高いのです。
一方でこの手法の弱点は、考えられる「原因」をすべて網羅的に挙げ尽くすことが不可能で、必ず「想定外」が残る、ということです。例えば地震や水害であっても、準備が不十分だった場所に被害が集中する。テロでも、いつ・どこで・どんな手段で、と具体的にあげようとすれば無数のパターンがある。しかも攻撃者は標的が一番想定し難い防御が甘いところを狙う。あらゆる事態を想定して備える努力は必要ですが、一方で「想定外」は本来避けられない構造であることを理解して、さらなる対策に備えることが必要になります。
これまでの防災を上流の対策とすれば、中流・下流の対策を充実させる、という考え方がより重要になっていきます。中流の対策とは、これまでのような地震・火災・事故といった原因を問わず、「経営資源の不足」に注目して、そのレベルで対策を考えることです。「経営陣含め社員の3分の1がいなくなる」「原料調達ができない」「ライフラインが途絶える」「主力事業所が活動を停止する」という経営資源の不足にどのように対応するかに絞り込んで対策を考えるのです。これによって上流レベルで想定外の原因があったとしても、経営資源を確保する中流のレベルで対策を立てておけば、事業停止という最悪の事態を避けることができるのです。
どうしても事業停止が避けられないときでも、少なくとも取引先の顧客企業の不利益を最小限に押さえるため、同業他社を紹介するなど「下流」の対策も準備しておくことも必要でしょう。このように上流だけでなく、中流・下流に向けて懐の深い多重の対策をするべきだと思います。
リスクマネジメントの要点をおさえる
どのような対策をとるかは、企業によって千差万別ですが、原則となる考え方について触れておきます。リスクへの対処には「回避」「移転」「保有」と3種類の対応方法がある、と考えればわかりやすいでしょう。
「リスクの回避」とはリスクの原因となる活動をしないこと。危険であることがわかれば、活動を一時中止すること、方法や場所を変えるなど。「リスクの移転」は、自社で対応が難しいときには外部の専門業者に委託すること。保険や免責契約などもリスクの移転に含まれます。
「リスクの保有」は、自らリスクをとって活動すること。この手法はさらに「予防」「予備・代替」「事後対応力」の3つに分けることができるでしょう。
「予防」は、防犯、防寒、熱中症予防など、想定される被害が生じないように事前に備えておくこと。「予備・代替」は被害が生じたときに回復できる手段として、予備要員や備蓄・在庫など、人やモノの手配をして備えておくことがあたります。「事後対応力」は、今ある経営資源で被害を最小限に抑える課題解決力を持つことです。こうして何段階かの対策を組み合わせることで、全体としてリスクマネジメントのレベルを高めていくことができます。
業種・部門で最適な対策を
東京2020大会に向けて各企業がどのようなリスクマネジメントを備えるか。事業や業務部門によっておさえるべき対策の傾向があり、これを押さえることで効果的な対策をとることができます。
まず政府・自治体や企業本社は、現場での被害情報収集や関係者間の調整など「非定型業務」が急増する。普段やらない業務が圧倒的に多いので、事後対応力がかなり重要になります。
社会インフラ事業者は、守るべきものは明確だが、それを本当に守れるかが社会的に非常に重要。これまでのBCPを高いレベルに見直すことが重要です。
これと対照的に、医療など緊急対応事業者は、やるべきことは普段と同じだが、業務量が数倍に膨れ上がり、人の命がかかっている。大量の仕事を効率よく処理する能力や、トリアージのような優先順位づけも重要になる。オリンピック・パラリンピック期間中に業務が増える警備・輸送などの事業者も、こうした病院と共通した対策を備えるべきでしょう。
情報システム・金融・製造業(PC・家電製品などモジュール型)はクラウド化を含め予備・代替の備えが有効です。製造業の中でも部品数が多い自動車・機械業は、予備・代替にお金がかかってしまうので、事後対応力がガギになります。
中小事業者は、一社でできる対策は限られているので、連携するのが有効。よく言われるのは「近くの異業者、遠くの同業者」が頼りになるでしょう。
リスクを制し成長へ
人が集まる魅力、人が依存してしまう便利さ、かけがえのない命や健康。いずれも魅力があり、人がそれに頼るから、その裏腹として失うリスクが生じてしまう。リスクがないから繁栄してきたわけではなく、リスクと上手に付き合っていたから長く繁栄することができたわけです。
今回のオリンピック開催も、私たちにとっては繁栄や成長のチャンス。その裏腹にあるリスクと上手に付き合って準備してほしいと思います。
(了)
東京2020大会のリスク対策の他の記事
おすすめ記事
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/17
-
サイバーセキュリティを経営層に響かせよ
デジタル依存が拡大しサイバーリスクが増大する昨今、セキュリティ対策は情報資産や顧客・従業員を守るだけでなく、DXを加速させていくうえでも必須の取り組みです。これからの時代に求められるセキュリティマネジメントのあり方とは、それを組織にどう実装させるのか。東海大学情報通信学部教授で学部長の三角育生氏に聞きました。
2025/06/17
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方