2025/11/05
インタビュー
変化の大きさに右往左往せず二段構えで
上智大学総合グローバル学部 前嶋和弘教授に聞く
前嶋和弘氏
まえしま・かずひろ
1990 年上智大学外国語学部英語学科卒業。97 年ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、2001 年メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。敬和学園大学准教授、文教大学准教授を経て2014 年4月より現職。専門は現代アメリカ政治・外交。24 年までアメリカ学会会長も務める。「アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア」(北樹出版)など著書多数。
1月に第二次トランプ政権がスタートして早や10カ月。「アメリカ・ファースト」を掲げ、国益最重視の経済政策や外交政策を次々に打ち出してきた。反DE&Iや反ESGの姿勢から分断の象徴ともいわれ、その動向に世界中が注目している。折しも10月にはトランプ氏が6年ぶりに来日し、就任したばかりの高市新総理と首脳会談を行ったところ。上智大学教授の前嶋和弘氏に第二次トランプ政権のこれまでをリスク視点で振り返ってもらうとともに、今後を展望してもらった。
――第二次トランプ政権がスタートして10カ月余り。この間のアメリカ政治情勢の変化をどう見ていますか?
情勢はまったく変わっていません。トランプはやるといったことをやっています。その意味では、極めてわかりやすい政権といえます。
トランプの行動規範は明確です。基本は「支持層」と「取引」。国や世界を俯瞰して動くのではなく、支持層を見て動き、派手な取引を仕掛ける。昨年の選挙後、日本のメディアは「トランプ圧勝」と報じましたが、大きく見誤っています。むしろ逆で、政治基盤が脆弱だからこそ「支持層」と「取引」なのです。
昨年の選挙で、トランプとカマラ・ハリスの得票差はわずか1.48ポイント。その前の大統領選はバイデンが4.5ポイント差で勝利していますから、いかに競っていたかがわかります。
議会も、同時選挙を行った下院はトランプ効果で共和党が大きく伸びてもおかしくないはずなのに、議席を2つ減らしてギリギリ過半数。共和党220対民主党215の5議席差は、19世紀半ばに2大政党制となって以来の僅差です。
上院も共和党が多数派となりましたが、53対47の拮抗です。上院は60票ないとフィリバスター(討論を長引かせ議事進行を遅らせる妨害行為)を止められない。逆に47票ある民主党はいつでもフィリバスターを行使できます。共和党主導の法案はまず通りません。ゆえにトランプは大統領令を駆使するなど、議会を迂回する手段をとってくるのです。
―― 盤石な政治基盤のうえで奔放に振舞っているのではないのですね。
アメリカは「未曽有の拮抗」「未曽有の分断」のなかにあります。社会もそうで、例えば米調査会社ギャラップの9月調査でトランプ支持は40パーセント、不支持は56パーセントで、不支持が16ポイントも上まわるのは就任8カ月としてはとても悪い。
また共和党支持者で見ると支持率は93パーセントもありますが、民主党支持者ではたった2パーセントです。分断ここに極まれりで、だからトランプは支持層だけ見ている。そして支持層に受けのよい政策を強引に打ってくるのです。
大統領令は行政命令なので、根拠法が必要です。が、正直そこはかなり怪しい。それでも、インパクトと変化の大きさにみな戸惑ってしまうのです。一方で、支持層が何を求めているのかを見れば実はリスクが見える政権です。
なぜ「敵はリベラル」なのか
――トランプの支持層はどういう人たちで、何を求めているのですか?
日本ではトランプの支持層は貧困層と思われていますが、間違いです。最も貧しい層は大きな政府による所得再分配を求めますから民主党支持。共和党の考え方は小さな政府なので、支持者は基本的に富裕層です。そこに加えるかたちで、トランプは「怒れる白人たち」の票も獲得しています。
ただ、最も支持者が多いのはやはりキリスト教の福音派。その数は国民の20~ 25パーセントとされ、多くは南部・中西部に住んでいます。その人たちの85パーセントがトランプに投票しました。
福音派に厳密な定義はなく、自己承認の域ですが、聖書を著しく信じている。いわば聖書原理主義的な倫理観・価値観を持つ人たちです。そしてその価値観においては、例えば妊娠出産、気候変動、男女の性の決定などは「神の御業」です。神の御業を人間が規定したり制御したりするなどもってのほかというわけです。
トランプがDE&Iを否定し、女性の権利としての妊娠中絶を否定し、気候変動対策を否定するのは、多分に福音派の宗教観にもとづいています。トランプ自身は福音派ではありませんが、露骨に支持層の顔色を見て動いている。イスラエル支援も、根底にあるのは聖書です。ロシア寄りなのも、プーチン政権に近いロシア正教が福音派に近いからです。
ゆえに多様性をつぶし、女性の権利をつぶし、気候変動対策をつぶす。それが内政の大きな流れとなり、外交ではイスラエルに寄り添い、ロシアに接近していく。それが何を意味するかというと、要するに敵はリベラルだということです。
トランプ支持層の一番の共通点はそこで、まさに「エネミー・ウイズイン(敵は自国にあり)」。移民当局への抗議行動を鎮める名目で州兵を派遣するなどというのは、そうしたスタンスを地でいく動きといえます。
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