緊急避難は「ひなんさんぽ」と個別避難計画で

近年の津波、風水害被害では高齢者、障がい者等の逃げ遅れが多数発生している。東日本大震災では死者の約6割が高齢者であり、在宅の障がい者を中心に障がい者の死亡率は2倍を超えた。そこで、高齢者等がご近所の方々と一緒に避難所に散歩する「ひなんさんぽ」を勧めている。

避難訓練が避難の確率を高めることは、宮城県七ヶ浜町の事例がある。東日本大震災前に津波避難訓練に参加経験が「ある者」では「ない者」に比べて、避難したオッズ比が 1.99 倍高く、津波浸水域内にいた場合はさらにオッズ比が3.46 倍高かったのである。(中谷直樹「津波避難訓練が避難行動に与える効果」埼玉県立大学地域産学連携センター2019年度WEB講座)

また、広島県の「平成30年7月豪雨避難実態調査」によれば、避難した人は約29%である。その理由は「隣の人が避難するのを見たから」「友人から避難を呼びかけられたから」「いつ避難すべきか迷っていたら、近所の人が声をかけてくれたから」が上位になっており、近所や知人の声掛けが避難行動を促すことが示されている。

さらに、この「ひなんさんぽ」は運動と社会参加を兼ね備えている。これは、フレイル予防の3原則である、食事、運動、社会参加の二つを満たしている。同様に、介護予防にもつながる効果がある。

ただ、防災訓練を年に何度も実施するのは、自主防災組織等の役員にとって負担が大きい。訓練メニューは、避難だけでなく、AED、初期消火、応急救護、避難所開設、炊き出しなどもある。そのための自主防災会の会議、参加者集め、役所、消防、警察との打ち合わせ、そして物資等の準備、終わった後の片付けも大変だ。年に1回にしてくれという実情もよくわかる。

また、高齢者や障がい者にとっても避難だけなら良いが、訓練会場で行われるさまざまな訓練は参加が難しく、居場所がない。そうなると、避難訓練参加の意欲も低くなってしまう。そこで、高齢者や障がい者が参加しやすいように、避難だけに絞って訓練をしたのが、岡崎市である。「ひなんさんぽ」と名付けて、参加者の評判も上々であったという。

今、いくつかの自治体で新たな防災訓練として静かに広がっている。秋田県男鹿市では、ひなんさんぽの後に参加者に個別避難計画に記入してもらっている。

ひなんさんぽ後の個別避難計画づくり(秋田県男鹿市、2024年7月29日)

なお、防災訓練では、期限切れ間近のアルファ米と水をお土産に配布する例が多いが、これではせっかく集まっても元気が出ない。おしゃべりしたり、つながる機会にならない。ぜひ、和菓子とお茶を準備して、高齢者、障がい者が地域の方や福祉関係者とおしゃべりして、つながるようにしていただきたい。

個別避難計画は紙の計画を作成するのが目的ではなく、実際に避難行動する確率を高めることが目的である。それには、高齢者、障がい者等が近所の方、福祉職とつながることで、いざというときに声掛けや避難誘導をしやすくなり、結果として助かる確率が上がることになる。しかも経費は、和菓子、お茶代くらいなので、サロン活動や敬老会事業と組み合わせたりすれば、新たな経費はほとんどかからない。

「ひなんさんぽ」を全国展開して個別避難計画作成と地域共生社会づくりを進めたいと強く願っている。