仮庁舎の置かれた福島県男女共生センター(2011年12月9日撮影)
福島県男女共生センター入り口(2011年12月9日撮影)

避難者名簿の作成と生存者確認

2012年10月1日からは、二本松市内の仮設庁舎で業務を再開しました。

情報部門職員が発災後に従事した最大の仕事は、避難者名簿の作成と生存者確認でした。職員は、町民が避難所で書いた手書きの名簿をエクセル形式で入力することになったのです。担当者は、名簿作成の際、避難者の方に「ひらがなの名前」と「生年月日」を書いてもらうべきであったと振り返っていました。この二つのデータを住民基本台帳と突き合わせれば、一番正確な名簿を作成することができたからです。実際には、避難所で書いてもらった名簿には名前と住所のみの記載が多く、手書きの住所と、職員がCSV形式で持ち出していたデータを突き合わせてもヒットしない場合もありました。さらに、避難所から親戚の家に移動するなど、町民の避難先は常に変化していたため、所在を特定することは困難を極めました。

スペースの都合上詳細な記述はできませんが、東日本大震災後に東北の被災自治体の情報システム部門を回っていて最も多く挙げられた業務が、「避難者名簿の作成」「避難者名簿と住基データとの突き合わせ」でした。被害が甚大で広範囲にわたったこと、さらには浪江町や前回の双葉町のように町がまるごと移転した例などがあり、住民の所在特定が非常に難しい状況となったのです。これらの業務がなぜ大切だったかというと、災害が発生すると、被災自治体には全国から安否確認の問い合わせが殺到するためです。特に東日本大震災では通信インフラが影響を受けたため、被災地域に家族や親戚、友人が住んでいて安否を確認したい――というニーズが多くあり、被災自治体では日々外部からの問い合わせ対応に追われることになりました。各避難所で作成した避難者名簿を集約し、電源が復旧してからはパソコンに入力していくことになったのですが、この時、最も利用されたアプリケーションがエクセルだったことは、調査の発見の一つでした。

前回登場した双葉町でも、避難者名簿の作成および管理は、さいたまスーパーアリーナ移転時より、エクセルで行っていました。担当者は、職員が日ごろ慣れ親しんでいるエクセルの使い勝手に勝るシステムはなかった、と振り返っていました。

 

普段使いしていないシステムは災害時に使えない

東日本大震災以降度々聞かれるようになったことですが、「普段使いしていないシステムは災害時には使えない」というのは本当で、大切な教訓の一つであると思います。日常業務の中で職員に蓄積されていく知識や慣れといった、BCPなどでは明文化しにくいものが、災害時の対応において重要となります。私たちはこういった、明文化しにくいけれども、日々蓄積され形成される、特定分野における知識のことを「ドメインナレッジ」(Domain knowledge)と呼んでいます。ドメインナレッジは、災害復旧プロセスを加速させる要素の一つであり、その観点からは、前回のテーマで取り上げた社会関係資本と同様の働きをすることがお分かりいただけるかと思います。

今回の事例でいうと、浪江町でも双葉町でも、職員の方は普段エクセルを使い慣れていて、いざというときの対応(避難者名簿の作成)には、独立した外部のシステムではなく、エクセルを使って自分たちで名簿を作ったということです。事例は異なりますが、他のいくつかの自治体では、支給された衛星携帯電話の使い方が分からず(相手先の番号が分からなかったり、発信の仕方が分からなかったり)、連絡手段として有効に活用することができなかったケースもありました。災害対応に特化した情報システムを、いざ必要になったとき(災害発生時)のみ使おうという意識ではなく、普段から使い込んでおくことが重要となります。

* A. Dean and M. Kretschmer, “Can Ideas be Capital? Factors of Production in the Postindustrial Economy: A Review and Critique,” Academy of Management Review, vol. 32, no. 2, 2007, pp. 573-594. および M. Mandviwalla and R. Watson, “Generating Capital from Social Media,” MIS Quarterly Executive, vol. 13, no. 2, 2014, pp.97-113. を改変。

(了)