2017/02/24
防災・危機管理ニュース

「高齢者や障がい者は被災時にケアや食事、スペースについてほかの避難者より恵まれていると思われる方もいるかもしれない。しかし元の身体的・精神的体力は同じではない。災害は平等に来ても、被害は不平等。その解消をするべきなので、(高齢者や障がい者に対して)合理的配慮を遠慮してはいけない」と話すのは、熊本学園大学社会福祉学部の吉村千恵氏。

吉村氏は昨年の熊本地震で被災し、熊本学園大学を主に高齢者や障がい者に対する避難所として開放した。国立障害者リハビリテーションセンター研究所(国リハ研)の特別研究「災害時における有効な障がい者に対する支援のあり方に関する研究」が主催の「災害時要配慮者に関する防災勉強会」で2月17日に講演した。
吉村氏はもともとタイで障がい者に対する研究に従事し、2011年に発生したタイの大洪水も経験。洪水時に障がい者たちがどのような行動をとったのかを調査した。「タイでは障がい者が持っているスキルやネットワーク、そして財産によってどのように避難するかが変わる。9歳の重度心身障がい児は、避難した先で環境が変わることによって不安定になり、その後まもなく亡くなってしまった」と当時を振り返る。
その後、帰国し東日本大震災後の福島の復興や、2013年からは現在の大学で「減災型地域社会リーダー養成プロジェクト」を担当。「地震が来る確率は少ない」とされていた熊本で地震前から避難所シミュレーションを実施してきた。「学生4人1班で300人分の炊き出しを作ってもらったり、高齢者や障がい者を受け入れられる避難所について、学校の備品や施設を使うことを想定してシミュレーションをしたりしていた」と話す。
昨年4月14日の熊本地震後は、近隣の指定避難所はトイレをふくめ環境が整っていないことや、慣れている大学の方がよいこと、何よりも自分自身が大学で動かなければいけないことがあると判断し、障がいを持っている学生と一緒に大学に避難。それまでのシミュレーションを役立て、障がい者・高齢者スペースの設営などに取り組んだ。教職員が一丸となって受け入れた地域住民は760人以上。さまざまな学外からの支援を受けながら、5月28日の閉所まで24時間体制の避難所運営を維持したことから、その取り組みは「熊本学園モデル」として数々のメディアにも取り上げられた。
「最後まで苦労したのは、日ごろからまわりのコミュニティと接点が薄い人の帰宅支援だった。来るべき災害に備え、日常の生活の中でスタッフの体制も含めた高齢者や障がい者の避難計画と帰宅支援を考えておく必要がある」とする。
講演会には、障がいを持つ人やその家族のほか、市役所・消防署などから関係者およそ130人が参加。所沢市社会福祉協議会から昨年8月に発生した水害における災害ボランティアセンター活動実績や新所沢福祉連絡協議会が取り組んでいる「SOSカード」の取り組みが報告されたほか、日本防災教育訓練センター代表理事のサニーカミヤ氏による消防観点での要援護者避難に対するアドバイスが行われるなど、防災を「自分事」としてとらえる「当事者防災」について学んだ。
研究会を主催した国リハ研障害福祉研究部社会適応システム開発室室長で医学博士の北村弥生氏は「視覚障害を持つ人を避難誘導する時のアプローチ方法も福祉観点と消防観点ではやり方が違う。お互い情報交換し、連携していくことが必要」と話している。
(了)
防災・危機管理ニュースの他の記事
おすすめ記事
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/17
-
サイバーセキュリティを経営層に響かせよ
デジタル依存が拡大しサイバーリスクが増大する昨今、セキュリティ対策は情報資産や顧客・従業員を守るだけでなく、DXを加速させていくうえでも必須の取り組みです。これからの時代に求められるセキュリティマネジメントのあり方とは、それを組織にどう実装させるのか。東海大学情報通信学部教授で学部長の三角育生氏に聞きました。
2025/06/17
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方