2020/03/25
グローバルスタンダードな企業保険活用入門
日本と欧米企業の差は「保険の活用」
しかし、このような海外子会社の不祥事をカバーする保険に加入しておけば、仮に不祥事が発生してもその損失がそのまま本社の財務諸表に影響を与えることを避け、経営責任の問題を避けることは可能となります。その間、海外子会社の管理体制を見直し、強化する機会を確保できるのです。
多くの欧米企業は、社員の不祥事や外部犯罪の被害を補償するCrime Insurance(犯罪被害補償保険)に加入しています。日本ではこの保険の存在すらご存じない企業が多数派ではないでしょうか。
経営がリスクを取るためのツールとしての保険活用の差が、日本と欧米の間にあることの一例です。
世界各国の保険を本社で一括して管理することは、ビジネス本来の活動に近い問題でも有意義です。子会社の自主性を重んじ、事業運営の多くを子会社の判断に任せている日本企業は多いでしょう。しかしながら、リスク管理は本社がしっかり管理すべき事項だと言えます。経営者にとって重要な責務の一つである、ガバナンスに直結するからです。
日本においても近年会社法が見直され、子会社を含めたグループ全体のガバナンスが親会社役員の責任であることが明示されました。子会社の不祥事や事故がグループ全体に与える損害として、親会社役員がその責任を法的に問われる状況となっています。保険手配も子会社任せにせずに、親会社できちんと手配、管理するべきなのです。
海外子会社がそれぞれ保険手配している場合には、ガバナンスだけではなく別の問題もあり得ます。
日本では調達可能な保険が、国によっては調達できないことがあります。もちろん、その逆もありますが。これは保険事業が多くの国において許認可事業であり、国ごとに事情が異なることに他なりません。その場合、グループ全体でリスク管理をしているつもりでも補償の穴ができてしまいます。
さらに、コストとしての保険料の問題もあります。3カ国で事業をしている企業がそれぞれ別々に10億円の補償の賠償保険に加入しているとしましょう。3カ国で同時に事故が起こる可能性は極めて低いのですが、それぞれ10億円のリスクはあると見込んでいます。その場合、本社一括で10億円の補償の保険に加入して補償対象を3カ国にすることにより、保険料の圧縮を図ることができます。
日本企業では海外の企業を買収した際に、そこにリスクマネージャーがいてグローバルなガバナンスのツールとして機能しているのを知って、わざわざ放棄してしまうよりも試しに使ってみよう、という発想で導入している例もあります。ただし陥りやすい問題点は、買収した企業のリスクマネージャーを本社が管理せず、治外法権化してしまうこと。この点に注意が必要です。海外は海外、日本は日本として完全に分離され、ガバナンスが全くきかない状況になってしまいます。
グループ全体の保険手配でリスクの把握を
親会社が海外子会社を含むグループ全体の保険手配をすることは、リスクマネジメントとガバナンスの観点から非常に有意義で、欧米のグローバル企業ではごく普通に行われている手法です。グローバルプログラム、インターナショナルプログラム、マルチナショナルプログラム、GIP(Global Insurance Program)など呼び方はいくつかありますが、全て同じコンセプトのものです。
グローバルプログラムを導入することにより、海外子会社のリスク実態を把握すること、グループ全体で均一の補償内容と補償限度額の保険を手配することができます。国や子会社による加入漏れや重複も避けられ、ガバナンスの強化につながるでしょう。
次回は、グローバルプログラムについて説明します。
本連載執筆担当:ウイリス・タワーズワトソン 関西支店長 兼 グローバルプラクティス ディレクター 大谷和久
グローバルスタンダードな企業保険活用入門の他の記事
おすすめ記事
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/12/02
-
-
-
-
-
-
目指すゴールは防災デフォルトの社会
人口減少や少子高齢化で自治体の防災力が減衰、これを補うノウハウや技術に注目が集まっています。が、ソリューションこそ豊富になるも、実装は遅々として進みません。この課題に向き合うべく、NTT 東日本は今年4月、新たに「防災研究所」を設置しました。目指すゴールは防災を標準化した社会です。
2025/11/21
-
サプライチェーン強化による代替戦略への挑戦
包装機材や関連システム機器、プラントなどの製造・販売を手掛けるPACRAFT 株式会社(本社:東京、主要工場:山口県岩国市)は、代替生産などの手法により、災害などの有事の際にも主要事業を継続できる体制を構築している。同社が開発・製造するほとんどの製品はオーダーメイド。同一製品を大量生産する工場とは違い、職人が部品を一から組み立てるという同社事業の特徴を生かし、工場が被災した際には、協力会社に生産を一部移すほか、必要な従業員を代替生産拠点に移して、製造を続けられる体制を構築している。
2025/11/20
-
企業存続のための経済安全保障
世界情勢の変動や地政学リスクの上昇を受け、企業の経済安全保障への関心が急速に高まっている。グローバルな環境での競争優位性を確保するため、重要技術やサプライチェーンの管理が企業存続の鍵となる。各社でリスクマネジメント強化や体制整備が進むが、取り組みは緒に就いたばかり。日本企業はどのように経済安全保障にアプローチすればいいのか。日本企業で初めて、三菱電機に設置された専門部署である経済安全保障統括室の室長を経験し、現在は、電通総研経済安全保障研究センターで副センター長を務める伊藤隆氏に聞いた。
2025/11/17
-







※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方