土砂災害危険箇所

地盤に傾斜がなければ土砂災害は発生しない。また、人が住んでいなければ、斜面崩壊が起きても災害にはならない。土砂災害が起きるのは、傾斜地およびその付近で、人間活動の存在するところである。

土砂災害のもとになる斜面崩壊、地すべり、土石流の発生するおそれのある場所は、「土砂災害危険箇所」と呼ばれる。これは、土砂災害を防止するために、調査に基づき確認されたもので、全国に52万5000カ所あまり存在する(表1)。都道府県別にみると、最も多いのは広島県(約3万2000カ所)で、島根県と山口県(いずれも約2万2000カ所)がこれに続き、中国地方西部のこの3県だけで全国の約15パーセントを占める多さである。これには、この地域の地形や地質が関係しているとみられる。

写真を拡大 表1 土砂災害危険箇所数都道府県別一覧

その他の地域を見ると、九州では大分県(約2万カ所)が最も多く、四国では高知県(約1万8000カ所)、近畿では兵庫県(約2万1000カ所)と和歌山県(約1万8000カ所)、中部地方では愛知県(約1万8000カ所)がいずれも8位以内に入っている。東北地方では岩手県(約1万4000カ所)が15位で最多であり、関東地方では千葉県(約1万カ所)が23位で最も多くなっている。

図3に広島市北部の土砂災害危険個所を示す。オレンジ色の表示は崖くずれによる被害が想定される区域であり、青色の細かな線は土石流危険渓流である。この地域の人々は、土砂災害の危険と隣り合わせで暮らしていると言える。

写真を拡大 図3 広島市北部付近の土砂災害警戒区域(「土砂災害ポータルひろしま」より)

土砂災害危険箇所数が全国で最多の広島県は、これまで繰り返し大きな土砂災害に見舞われてきた。記憶に新しいところでは、2014年8月20日、広島市北部を襲った集中豪雨により土石流が多発し、77人の命が奪われた「8.20広島土砂災害」があるが、本稿では6月の事例として、1999年6月29日に広島市や呉市などを襲い、32人の命が奪われた「6.29豪雨災害」をとりあげる。

豪雨をもたらす典型的なタイプ

1999年の6月下旬は、23日以降梅雨前線が西日本から東日本の上に定着し、梅雨末期の様相を呈した。梅雨末期は梅雨前線の近傍で集中豪雨が起こりやすく、災害ポテンシャルが高まる。

29日9時の地上天気図を図4(左)に示す。この日は動きの遅い低気圧が対馬海峡から山陰沖を進んだ。これに伴い、梅雨前線は一旦山陰沿岸まで北上し、午後には広島県を北から南へゆっくり南下することが予想された。

写真を拡大 図4 左:6.29広島豪雨災害の日の地上天気図(1999年)右:筆者が手描きで作成した主要じょう乱解説図(1999年6月29日3時30分作成)

当時、筆者は気象庁本庁で予報班長の職にあり、この日は前夜から当日の朝にかけて夜勤当番に就いていた。予報班長は、全国の気象台の予報官に向けて、予報の組み立て方針を指示する立場にある。記録を調べると、当日午前3時30分に全国の気象台宛に送信した「指示報」に、筆者は次のように書いていた。

「梅雨前線は(中略)北上して行くが、(中略)西から徐々に南下し、これから2日間かけて西日本をゆっくり舐めて行く。タイプとしては先日の23~25日の南下する前線と類似しており、豪雨をもたらす典型の1つと言える」

このときは、23日から25日にかけて、九州を中心に大雨が降ったばかりであった。直近の過去の事例と比較することで、予報の方針が組み立てやすくなるのである。

図4(右)は、筆者がこの指示報に載せた手描きの解説図である。梅雨前線の12時間ごとの予想位置を示している。指示報は、標題を「短期予報解説資料」と付け替えて民間気象事業者にも提供されるので、上記の文面や解説図は、気象予報士たちや、報道各局の気象キャスターたちの目にも触れたはずである。筆者はこのとき、中国地方における向こう24時間の地点最大雨量を150~200ミリメートルと指示した。