寄り回り波――2月の気象災害――
風が強くないのに、遠くから突然伝わってくる

永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2025/02/20
気象予報の観点から見た防災のポイント
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2008(平成20)年2月23日、富山県入善(にゅうぜん)町では季節風が強まり、夕刻には海岸にある風力発電施設で20.3メートル/秒の最大風速が観測された。その後、風速はやや減衰したが、海岸に押し寄せる波は逆に高まりを見せ、24日未明の2時には海水が集落内に侵入し始めた。この時、入善町の海岸にある国土交通省田中観測所で観測された波高は4.6メートルである。その2時間後、明け方4時には、田中観測所の波高は7.5メートルに達し、海岸には大波が打ち寄せていた。6時半には、海岸をパトロール中の車両が、堤防を越えた海水につかって走行不能となってしまった。8時には、田中観測所における最大波高が9.5メートルに達した。9時50分には、入善町の災害対策本部に、鋼製護岸ゲートの扉が破損したとの通報が入った。それは、海水が一気に集落内に侵入してくることを意味していた。こうして、入善町では、このまれに見る高波により、死者1名、負傷者15名、建物損壊・浸水355棟などの被害があった。
そのほか、この時の高波により、富山県射水(いみず)市でも1名の死者があり、建物被害は富山湾岸の黒部市、高岡市、朝日町にも及び、また港湾施設、水産施設や漁船への被害も大きかった。富山湾で特に大きくなるこの波は「寄り回り波」と呼ばれ、過去に被害の記録がたくさんあるが、2008年2月の事例は顕著であった。今回は、この高波について調べてみる。
富山湾は、富山県の北に位置する風光明媚な湾である。旧名は「有磯海」(ありそうみ)であり、大伴家持の万葉集歌「かからむと かねて知りせば 越の海の 荒磯の波も 見せましものを」に由来すると言われる。つまり、「有磯」は「荒磯」からきており「荒波の打ち寄せる海辺」という意味である。図1に地形図を示す。
冬の富山湾と言えば、季節風が吹きすさび、高波が打ち寄せるさまを思い浮かべるかもしれない。富山湾の旧名「有磯海」が「荒磯海」から来ていると聞かされれば、そのイメージがいっそう強まりそうだ。しかし、図1を見て分かるように、富山湾は能登半島に抱かれるような格好になっていて、冬季の北西季節風は能登半島にさえぎられる。波浪に関しても、能登半島が富山湾の防波堤となるため、能登半島の北西岸や新潟県の沿岸に比べれば、富山湾内は穏やかな方である。
だが、富山湾にも弱点はある。図1によれば、富山湾は、真北よりも少し東寄りの、北北東の方向に開いている。もう少し東分が増して北東方向からの波であれば、佐渡島(さどがしま)がある程度防いでくれる。しかし、もし北北東の方角から大波が襲ってくることがあれば、もはや富山湾を守ってくれるものはない。富山湾は、北北東の方向から襲ってくる波浪に対して無防備であると言える。この弱点を突いて来襲する大波こそ、「寄り回り波」にほかならない。
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