インプラント堤防 産官学の取り組み

高知県防災関連産業交流会が認定した防災関連製品の中には、産官学が協力して開発したものもある。その1つが東日本大震災で改めて注目された堤防の液状化と津波による破堤に関する問題を解決する新工法だ。現在、高知県、高知大学、民間企業の株式会社技研製作所が協力して南海トラフ地震に備える堤防の補強対策を進めている。既存堤防を迅速かつ確実に補強し、震災による被害を軽減するための取り組みを取材した。

「昭和南海地震の写真や文献を詳細に分析したところ、堤防が液状化の影響で被災した明らかな痕跡が見られる」と話すのは、高知大学総合研究センター防災部門教授の原忠氏。 

1946年に発生した昭和南海地震では、高知平野で約1.2mの大規模な広域地盤沈下を記録。地震直後の堤防決壊と津波により、高知市街は1カ月以上にわたる長期浸水に見舞われた。

原氏は、「将来起こる南海トラフ地震でも、同様の広域地盤沈下が発生する確率が高い。さらに現在の高知市内は当時より住宅が密集化しているため、被害はより甚大になる可能性が高い」と指摘する。 

高知県の被害想定によると、高知市内の浸水面積は2800ha、浸水エリア内の居住人口は13万人、直接被害額は3兆3000億円にのぼると試算されている。

二重鋼矢板堤防で地震・津波に備える 
被害を可能な限り軽減させるべく、高知県と高知大学、民間企業の技研製作所は、産官学で堤防の液状化を防ぐ新工法を開発した。杭を地中に押し込み地球と一体化させるインプラント構造による二重鋼矢板で既存震による液状化や津波による被害を軽減させる工法だ。 

二重鋼矢板堤防とは、既存の堤防に鋼矢板と呼ばれる鉄の板を組み合わせた連続壁を2重に埋め込む方法で補強した堤防のこと(図1)。矢板は、継手が両脇の延長方向に設置されており、地中に打ち込まれ1本1本が隣とつながることで連続した壁を形成する。

通常、堤防は盛土をし、外側をコンクリートなどで覆っている構造のため、地盤の沈下や液状化により必要な高さが保持できない場合が多い。 

二重鋼矢板堤防であれば地震時に液状化などにより周辺地盤が沈下しても、鋼矢板で囲まれた地盤の沈下は少なく、堤防の必要高さを保つことができる。さらに地震後の津波の押し波、引き波にも粘り強く耐え、堤防機能を維持することができるという(図2)。そして、この二重鋼矢板堤防に欠かせないのが地球にしっかりと支えられるインプラント構造だ。 
通常、堤防の構造はフーチング構造と呼ばれるもので、浅い地面にコンクリート製の構造物などを据え付け、その大きさと重さで外力に抵抗する構造だ。対して、インプラント構造は杭を地中深くまで圧入(押し込む)するため、杭が地球に根を張ったように一体化し、外力に強くなるという。人間に例えて言うなら、フーチング構造は「入れ歯」の状態であるのに対し、インプラント構造は「歯茎を貫き、あごの骨と一体化している」状態だ。このインプラント構造を、省スペースで速やかに、そして他の工法よりも「静かに」施工する圧入システムが、技研製作所が開発した「サイレントパイラー(油圧式杭圧入引抜機)」だ。


リング課リーダーの安岡博之氏は、「当社代表の北村精男は、もともと1967年に杭を油圧ハンマーなどで地中に打ち込む事業で創業しました。いろいろな杭を施工するなかで、あるとき近隣住民から騒音に対して苦情が出ました。静かで周囲に迷惑をかけない杭の打ち方ができないものかと考えたのが、サイレントパイラー開発のきっかけです」と話す。 

地中に埋め込まれた杭は非常に抜きにくい。逆にそれを反力として利用し杭を打つというのが同技術の仕組み。具体的には、機械が施工済みの杭を複数本つかんで、その引き抜かれまいとする反力で次の1本を圧入する。パートナー企業と検討を重ね、1975年に世界に先駆けてサイレントパイラーとして実用化させた。現在は機械の構造や形状、材質などの技術革新によりさらなるコンパクト化を達成しているが、「施工済みの杭をつかんで次の杭を圧入する」原理は当時と変わっていない。他の工法では杭を揺すったり叩いたりするため機械が大型化する傾向にあるが、サイレントパイラーは本体がコンパクトで済むという。

圧入しながら、地盤の状態をデータ化
通常であれば、杭を打つ場合はボーリング調査により地質を判定してから作業に入るが、サイレントパイラーは圧入施工中に杭の地盤への貫入状況を計測でき、その実測値を解析することで地盤の状態をリアルタイムに判定できる。壊れた堤防を復旧する時にも、地盤のデータを取りながら最適な杭の貫入技術で素早く施工することが可能だ。 

東日本大震災後の岩手や仙台では、すでにサイレントパイラーでインプラント構造を構築する復旧工事が数カ所で採用されている。 

従来であれば矢板は復旧工事での土留めや止水など、仮設目的で使用されることが多く、最後はフーチング構造の堤防を造ることが多かったが、東日本大震災以後、復旧が急がれるなか、同社が提案する粘り強いインプラント構造による堤防の復旧工事が広がっているという。 

「これまでも、サイレントパイラーはイギリスの地下鉄駅舎の工事や、シンガポールの道路工事など世界30カ国以上で使用され、無公害工法の代名詞として広く実績を重ねてきた。自然災害に備え防災インフラの整備が世界的な喫緊の課題となるなか、今後は粘り強いインプラント構造を構築する工法としても、世界に普及させていきたい」と安岡氏は話す。