2021/01/28
非IT部門も知っておきたいサイバー攻撃の最新動向と企業の経営リスク
サイバーリスクと向き合う上で大事なこと
より長期化する手口
春ごろからはランサムウェア攻撃の手法もより巧妙になり、「二重恐喝」とも呼ばれる手口が多発している。日本の著名な企業も多くその被害に遭っているため、その手口については既にご存じの方も多くおられることと思うが、今一度解説しておこう。
従来、ランサムウェアに感染するとデータやシステムなどが使用できなくなり、それらを取り返したければ金銭を支払えと要求してくるものが大半だった。データやシステムなどを人質にとって身代金(ランサム)を要求してくることから、ランサムウェアと呼ばれている。
では、二重恐喝では何が二重になったのか?
それは、データやシステムが使えなくなる前に、主に個人情報や機密データなどを盗み出す。そして身代金の要求を拒絶された場合には、これらの盗んだデータを暴露されたくなければ身代金を支払うよう要求し、二重に恐喝してくるのだ。
つまりこのことからは何が考えられるのか?
従来型のランサムウェアであれば、IT機器に感染してから発症までは比較的短期間であり、オフィス全体のIT機器が一斉に被害に遭うまでものの数分といったこともあった。しかし、発症させる前に情報を盗み出す必要があり、なおかつ情報が外部に盗み出されていることに気付かれないように長期間におよんで少しずつ盗み出す必要がある。そのため、感染から発症までが長期に及ぶようになったのだ。
また、長期間におよんで盗み出された情報の中には、被害企業におけるセキュリティーの設定状況やシステム構成といった次のサイバー攻撃へのヒントとなる情報も含まれていることがある。実際、夏に被害に遭った大手日系製造業では、これらの情報を元にオーダーメイドのサイバー攻撃を仕掛けられてしまい、複数の製造拠点が同時多発的に操業停止へと追い込まれた。
万が一の事態を「想定」する
ランサムウェア攻撃が発生した場合、要求された莫大(ばくだい)な身代金の額と、漏えいした膨大なデータに着目されることが比較的多い。この時に忘れてはならないのは、被害発生から復旧までの期間において事業中断が発生しているという事実である。
秋には日本のゲーム会社でのランサムウェア被害が発生し、多くのメディアでは前述の身代金額と漏えいした個人データの件数が大きく取り上げられた。同時に、ここでは数千台ものIT機器が影響を受けており、これらが復旧するまでの逸失利益や取引先への影響といったことを考えると、場合によっては身代金や情報漏えいに伴う損失額よりも多くの損失へとつながる可能性もある。実際、ドイツの病院ではIT機器が影響を受けたことで患者が命を落とすといった悲しい事件まで発生している。
また、欧州連合(EU)加盟国においてはNIS DirectiveというEU指令が2018年5月より施行されており、重要インフラ事業者とデジタル・サービス・プロバイダーにおいて事業中断などに発展することで制裁対象ともなり得る。12月に欧州議会へ提出された改正案では、医療機器製造事業者、食品、運輸などの事業者も含めていくことが提案されており、より多くの事業者がこの法規制の対象となる可能性がある。
サイバー空間が現実世界に甚大な影響をも及ぼすようになった現代において、あらゆる面でリスクが潜んでいる。
今年初回から被害事例を列記することとなってしまったので、本稿の最後で一つ良い事例もお伝えしておきたい。
11月に、ブラジルの航空機メーカーでランサムウェア攻撃による被害が発生した。しかし、同社ではあらかじめ決められた手順に基づいて迅速な対応を行ったことで、被害を最小限に抑えることができたということを公表(*1)している。
*1 https://www.prnewswire.com/news-releases/embraer-sa-material-fact-301182014.html
そう、まず大事なことは万が一の事態を「想定」することである。そして、その想定に対応するための手順を整備し、継続的な取り組みにしていかなくてはならない。特に、2020年は業務フローに大幅な変更が加わっている場合もあるため、改めて「想定」についても見直していくことが望ましい。
昨年も多くの政府機関やセキュリティー関連団体などからガイドラインなどが発行されたが、その多くで掲示されているキーワードは「Strategy」(戦略)と「Exercise」(演習)の重要性であった。すなわち、「想定」することが重要なのである。
サイバーセキュリティーやデータ保護に関する法規制の多くでは、事故は発生する前提で書かれている。もはや100パーセント完璧なセキュリティーというものはあり得ないというわけだ。 万が一の事態が発生した際には、どのように被害を最小化すべきかといったことに焦点を合わせていくことが重要である。
2021年も引き続き新型コロナウイルスに関連した問題、米大統領交代、ワクチンの接種開始、東京オリンピックの開催といった、世界規模での大きな出来事が多数控えている。これらに乗じた大規模な攻撃の増加にも注意を払っていかなくてはならない。
本連載執筆担当:ウイリス・タワーズワトソン Cyber Security Advisor, Corporate Risk and Broking 足立 照嘉
非IT部門も知っておきたいサイバー攻撃の最新動向と企業の経営リスクの他の記事
おすすめ記事
-
「自分の安全は自分で」企業に寄り添いサポート
海外赴任者・出張者のインシデントに一企業が単独で対応するのは簡単ではありません。昨今、世界中のネットワークを使って一連の対応を援助するアシスタンスサービスのニーズが急上昇しています。ヨーロッパ・アシスタンス・ジャパンの森紀俊社長に、最近のニーズ変化と今後の展開を聞きました。
2025/08/16
-
-
白山のBCPが企業成長を導く
2024年1月1日に発生した能登半島地震で震度7を観測した石川県志賀町にある株式会社白山の石川工場は、深刻な被害を受けながらも、3カ月で完全復旧を実現した。迅速な対応を支えたのは、人を中心に据える「ヒト・セントリック経営」と、現場に委ねられた判断力、そして、地元建設会社との信頼関係の積み重ねだった。同社は現在、埼玉に新たな工場を建設するなどBCPと経営効率化のさらなる一体化に取り組みはじめている。
2025/08/11
-
三協立山が挑む 競争力を固守するためのBCP
2024年元日に発生した能登半島地震で被災した三協立山株式会社。同社は富山県内に多数の生産拠点を集中させる一方、販売網は全国に広がっており、製品の供給遅れは取引先との信頼関係に影響しかねない構造にあった。震災の経験を通じて、同社では、復旧のスピードと、技術者の必要性を認識。現在、被災時の目標復旧時間の目安を1カ月と設定するとともに、取引先が被災しても、即座に必要な技術者を派遣できる体制づくりを進めている。
2025/08/11
-
アイシン軽金属が能登半島地震で得た教訓と、グループ全体への実装プロセス
2024年1月1日に発生した能登半島地震で、震度5強の揺れに見舞われた自動車用アルミ部品メーカー・アイシン軽金属(富山県射水市)。同社は、大手自動車部品メーカーである「アイシングループ」の一員として、これまでグループ全体で培ってきた震災経験と教訓を災害対策に生かし、防災・事業継続の両面で体制強化を進めてきた。能登半島地震の被災を経て、現在、同社はどのような新たな取り組みを展開しているのか――。
2025/08/11
-
-
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/08/05
-
-
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/08/05
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方