2015/11/25
誌面情報 vol52
真の課題を解き明かす
避難指示のあり方など、市長をはじめとする常総市への批判が集中しているが、その時、その判断のあり方だけを取り上げて論じると本質を見誤ってしまう。これまでに経験したことがないこと、考えてもいないことが突然起きれば、誰もがパニックに陥り、正しい判断を下すことはできない。だからこそ、事前の「計画=プラン」と、その想定を上回る事態へ対応するための「計画の策定能力=プランニング」の双方が求められる。それを実現するには、一組織だけではなく災害対応にあたる組織間の連携が不可欠になる。そのために、あらかじめどのタイミングでそれぞれの主体が何をするかを決めておくのがタイムライン防災である。そんな視点から、今回の鬼怒川決壊への対応を検証する。
9月7日に発生した台風18号は9月9日に東海地方へ上陸したのち、同日夜に日本海で温帯低気圧になった。この台風による直接的な被害は大きくなかったものの、日本海を北東に進む台風から変わった温帯低気圧に太平洋上から湿った暖かい空気が流れ込み、日本の東の海上から日本列島に接近していた台風17号から吹き込む湿った風とぶつかったことで南北に連なる雨雲(線状降水帯)が継続して発生。関東地方北部から東北地方南部を中心として24時間雨量が300ミリ以上の豪雨とそれに伴う大規模な被害をもたらした。
判断を迷わせた溢水と危険情報
常総市の災害対策本部は庁舎3階にある。実働部隊である安全安心課は2階に位置する。災害対策本部には課長が常駐し、そこで得た情報を2階の課に伝え対応にあたっていた。
連携が難しかったことは想像に難くない。安全安心課のある職員は「県のような大きな対策本部室なら、もう少し全体の状況が分かりやすかったかもしれない」と語る。
そもそも常総市役所の庁舎は2014年11月末に竣工した全国でも最新鋭の施設だ。東日本大震災で震度6弱の揺れを観測した常総市では旧庁舎が大きな被害を受け、「市民が集う、親しみがある庁舎」を理念に建設された。3階建ての低層構造で地震への耐震性は高いが、洪水の被害については十分に想定されていなかった。市の洪水ハザードマップでは、市役所は1~2mの浸水予測地域に建てられている。最初から洪水のリスクが軽視されていたことはこの時点で明らかだ。
当日の対応に話を戻すと、対策本部が設置されたのは10日の午前0時10分。2時20分に「溢水」現場の若宮戸から近い、玉地区、本石下、新石下の一部に避難指示を発令している。この溢水現場については、すでに数々のメディアで報じられている通り、民間業者が大規模太陽光発電所(メガソーラー)を建設した場所である。1年半以上も前から、「無堤地帯」ということに加え、民間業者が自然堤防の役割を果たしていた川岸の砂丘を掘削したことについては議会でも問題視されていた。そのこともあり、鬼怒川の水が溢れるとすれば、それは「決壊」ではなく、この若宮戸地区からという思い込みが関係者にはあったのだろう。
現地を歩けば分かるが、この現場と決壊の現場は4kmも離れている。
結局、若宮戸地区は午前6時30分に溢水した。ここから事態は急変していく。
溢水が起きて約2時間後には、今度は溢水現場から15kmも下流である小谷沼という地区で「越水」の危険性があるとの連絡が対策本部に入り、地元消防団(3分団と9分団)が土のう積みにあたった。この辺は堤防が1m以上も低くなっている場所で、8時45分には小谷沼周辺の坂手地区、内守谷地区、菅生地区に避難勧告が発令されている。この時の避難勧告の情報はなぜか市のホームページでも公表されていない。溢水現場の若宮戸からは、はるか下流で、しかも若宮戸とは反対の鬼怒川の西側である。この時点で災害対策本部も安全安心課も完全にパニックに陥ったのではないか。市安全安心課の職員は「あちこちから一斉に河川の危険性に関する電話がかかってきて、対応に追われました」と振り返っている。
一方、「もし小谷沼の辺りで決壊をしていたら、はるかに被害は少なかったのではないか」と見る市民もいる。小谷沼は、人家が少なく、ハザードマップによれば、水深5m以上の浸水が予想される地域が袋状に広がっている。河川の水量調節の目的で、堤防の一部を低くし、一定水位以上になるとあえて越流させ、その水を貯水池や遊水池にたくわえることを『越流堤』と呼ぶが「ここに水を逃がしていれば、三坂地区の決壊はなかったかもしれない。堤防を高くするだけでなく、水を逃がす治水も考えていかなくてはいけないのではないか」と―。いずれにしても、溢水した鬼怒川東側の若宮戸と、そこから15kmも下流で越水が予想されたことは、状況判断を著しく難しくさせたと推測される。
すべての地域に避難指示を出せば、既存の避難所では到底受け入れられない。対策本部では、地区ごとに状況に応じて順番に避難指示を出しながら状況を乗り切ろうとしていたことが、市の避難勧告や指示の発令状況から読み取れる。
そして、午後12時50分に、溢水現場から4kmも離れた三坂町で堤防が決壊した。
最大の問題とされている避難指示が決壊後まで出なかった上三坂地区は、ハザードマップを見ると周辺に比べ浸水の想定が浅いことが分かる。ある職員は「決壊という事態がなく、若宮戸の溢水だけだったら、ひょっとしたら水が来なかった地域かもしれない」と市長の判断を援護する。
そもそも市長の「決壊を想定していなかった」という言葉を信じるなら、それは自立した地方自治を担う者として最大の落ち度であったことに疑う余地はないが、三坂地区での決壊を的確に予想することが可能だったのか、その「判断に必要な情報」について支援を得られたかについては検証されるべき点であろう。もっと言うなら、ピンポイントでの決壊予想が不可能だとすれば、最初から広範囲におよぶ一斉の避難指示を考えるべきだが、そのような広範囲におよぶ意志決定を突然できるはずがない。誘導方法、避難先、各避難所の受入れキャパなど事前計画で住民を含めて考えておくべきだった点は、教訓とすべきだ。
なぜ西側に避難誘導したのか
安全安心課に所属されている職員は10人いる。そのうち、10日は課長が対策本部にいたため、残る9人が実対応にあたった。消防団を動かす消防団担当が3人、水位を観測して危険性を知らせる担当が1人、防災無線の担当が3人、そして残る2人が避難所班で、どこの避難所で何人受け入れられるかなどの計算にあたった。避難勧告や避難指示を知らせる「緊急速報メール」が送信されなかったことについては批判が集まっているが、配信までの手順や要する時間が十分に検証されていなかったことは否めない。配信できるキャリアは3社で、それぞれ入力に5分程度がかかるという。洪水がなければ、今年9月20日に避難所の開設訓練に合わせてエリアメールの訓練も行う予定だったというから、皮肉とも言わざるを得ない。
決壊後の13時8分には、鬼怒川東地区全域に避難指示が出された。
「堤防決壊、鬼怒川東側から鬼怒川西側に避難をしてください」という案内に、耳を疑った住民は少なくないはずだ。「なぜ危険な川を渡らせようとしたのか理解できない」(堤防付近に住む住民)。これも情報が把握できないことが原因だった。溢水と決壊による濁流が市内のどこを、どう流れているのか対策本部では的確にとらえることができなかった。ハザードマップに基づけば、294号線沿いは土地が低く、堤防に近い旧道沿いの方が高い場所に位置する。「東側に逃がすという判断はできなかった」(安全安心課職員)という。
連携できずに庁舎の機能不能
最後の課題として連携を挙げておきたい。
市の庁舎が浸水した理由は、そもそも浸水が予想される場所に建設されたことが問題なことは先に書いた通りだが、市庁舎がある水海道地域を浸水させた水は、鬼怒川の水ではなく、鬼怒川と小貝川の間を流れる八間堀川の水だったという指摘がある。
八間堀川は県の管理河川で、下妻市から常総市に流れる。常総市の南部で分岐して、それぞれ鬼怒川、小貝川と合流する。分岐点には小貝川への流れをせき止める水門があるが、10日は開いたままで両方に水が流れ込んでいた。しかし、鬼怒川と小貝川の水位が上がり、八間堀川への逆流を防ぐため、それぞれの合流点にある水門は閉じられた。八間堀川の水量を減らすため、ポンプで鬼怒川に排水していたが、鬼怒川が満杯状態になり、午後1時に排水も中断された。これらの対応により、逆流や鬼怒川のさらなる決壊は防げたかもしれないが、八間堀川は出口をふさがれた形になり、水の行き場がなくなり水海道市内に流れ出たのだという。鬼怒川との合流点にある排水ポンプ場が約9時間半にわたり止められたことは発表資料から確認できる。
いずれにしても、浸水により、市庁舎は1階が水没。受電施設や非常用発電機は1階にあり、すべての電気、コンピュータ類が使えなくなった。さらにNTTの基地局も水没し、携帯電話も通じにくい状況に陥った。
各施設の管理者は、鬼怒川側の水門などが国土交通省、小貝川側の水門が常総市、分岐点の水門が下妻市に事務所がある江連八間土地改良区となっている。水門を止めるオペレーションが本当に必要だったのなら、このことはあらかじめタイムライン上で各組織が共有しておくべきだったろう。
常総市には防災や危機管理の専門知識を持つ防災専門監がいない。それならば、なおさらのこと平時からの国や県との連携が必要になる。市では、第三者委員会を設置し、今回の豪雨への対応を検証する予定だが、常総市だけの問題として終わらせるのではなく、全国の自治体が今回の教訓を生かして防災に取り組んでいく必要があろう。
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