2022/05/28
講演録

BCMコンサルティング会社から転職し、2019年からTDK株式会社(以下、TDK)のBCMプロジェクトリーダーとなった古本勉氏は、現場でのBCMを強力に進めているという。意識しているのは「中・長期的視点」、「ナレッジの可視化」、「実効性を高める」、「トップメッセージ」。実務担当者になり、企業として現実から目をそらさずBCMに対峙。組織的対応力を向上させ、弱点を逆手にとったアプローチを目指している。4月12日に開催したリスク対策.PRO会員向け実務者勉強会「危機管理塾」における講演内容をまとめた。

TDK株式会社
グローバルリスク管理部BCMプロジェクトリーダー 古本 勉 氏
富士通総研でBCM訓練センター長まで務め、2019年からはTDKのグローバルリスク管理部BCMプロジェクトリーダーとしてBCM構築を進める古本勉氏は、契約内容に沿った成果を期間内に提供するBCMコンサルタント時代と比較すると「100%のエネルギーで集中し、BCMを強力に推し進められる立場で非常にやりがいがある」と語った。
TDKのBCM確立に取り組んできたこの2年半で、4つの重要なポイント「中・長期的視点」、「ナレッジの可視化」、「実効性を高める」、「トップメッセージ」を意識してきたという。
「転職前にTDKからBCMの取り組みを聞いたとき、BCPの策定に力を注ぎたいという印象を受けました。しかし、BCP策定はファーストステップ。ゴールはその先にあり、中・長期的に事業継続能力を高めることです。だからこそ、時間軸を意識して取り組むようにしました」。(古本氏)
その方法は、現状の課題を選び、浮かび上がった重点テーマを、その内容から「短期」、「中期」、「長期」に分類。中・長期的に危機対応能力と事業継続能力を強化するため、「仕組みづくり」、「組織づくり」、「人づくり」の観点から具体的な取り組みを整理し経営層へ提示した。「経営層への説明では、必ず中・長期的視点からBCMの重要性を説明するように心掛けた」と古本氏は話す。
「中・長期的な視点」を浸透させるための工夫の1つは単語の選択だ。経営陣への説明時にはファーストステップであるBCPという単語をあえて使わず、BCMというマネジメント用語を意識して利用し、持続的な取り組みであることを印象づけたという。
ナレッジの可視化が必要
古本氏が「ナレッジの可視化」の必要性を感じたのが新型コロナウイルスの流行し始めたとき。2019年11月に入社し、すぐに対応を迫られることになった。
グローバルにみれば感染症の流行は、21世紀に入っても何度も発生してきた。代表的な流行は2002年のSARS(重症急性呼吸器症候群)、2009年の新型インフルエンザ、及び2012年のMARS(中東呼吸器症候群)だ。しかし、TDKでは過去の感染症対応の記録が残っていなかった。「これはまずいと思った」と振り返る。
最終的に新型コロナウイルス対策は、人命の安全確保、感染拡大の封じ込め、事業継続などのカテゴリに分類。感染フェーズごとにそれぞれのアクションを整理した。Excelでチェックリスト化し、各拠点に配布した。
「このExcelファイルを工場に『印刷して見えるところに貼るように』と伝えてもダメ。A3版で印刷し、ラミネート加工して左上に穴を開け、リングを通し、現地の壁にぶら下げられる状態にしてから送りました。現場の方が少しでも目を向けて意識してくれるようにそこまでやる。そういう心掛けでやっています」
チェックリストの作成に至る第1段階の情報収集では、古本氏の過去の経験が生きた。
「正しい情報なのか、いいかげんな情報なのかあちこちから様々な情報が飛び交っていました。2009年の新型インフルエンザのとき、信憑性の高い情報の出所を専門家から聞いていたのでそれを活用しました。地震と違って感染症の拡大は突然起こるのではなく、段階的に進む。そこがキーになる。次のフェーズを予測しながら対応できるわけです」
また、新型コロナウイルス対策について話した社長の言葉を具現化することで、対策を強化した。例えば、危機管理委員会で「極力デジタルテクノロジーの活用」を語ったとき。TDK2.0としてアレンジし、対面、移動、利便性の観点から改革の必要性を説明した。対面はデジタルツールで代替、利便性は事務手続きなどをウェブで完結、移動は出張をウェブ会議での対応などを展開していった。
とはいえ、新たなツールやシステムの導入が、投資コストに見合った利益をもたらすのか懐疑的な見方もあった。古本氏は、新型コロナウイルス対策への積極的な投資により、削減できる金銭的、時間的なコストを明示して社内で説いて回ったという。
「新型コロナウイルスは事業継続能力を上げるにはいい機会だと思った。危機管理への投資は、災害が滅多に起こらないからと消極的になりがちです。デジタル技術の導入はパンデミックに限らず、地震や他の危機にも有効な対策になる。何より、平時でも役立つ。新型コロナウイルスで “転んでも、ただでは起きない” 意気込みだった」
現在、チェックリストは地震用や水害用、備品用などにまで発展をみせている。
講演録の他の記事
- トラベルリスクマネジメントの国際規格を解説
- 元ニューヨーク市緊急事態管理局副長官が語る危機管理担当者の役割
- BCMコンサルタントが実務担当者になって分かったこと
- 企業が押さえておくべきワクチン接種の注意点【職域接種編】
- 改善につながる検証ーAfter Action Reviewーの方法
おすすめ記事
-
-
備蓄燃料のシェアリングサービスを本格化
飲料水や食料は備蓄が進み、災害時に比較的早く支援の手が入るようになりました。しかし電気はどうでしょうか。特に中堅・中小企業はコストや場所の制約から、非常用電源・燃料の備蓄が難しい状況にあります。防災・BCPトータル支援のレジリエンスラボは2025年度、非常用発電機の燃料を企業間で補い合う備蓄シェアリングサービスを本格化します。
2025/04/27
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
-
BCMSで社会的供給責任を果たせる体制づくり能登半島地震を機に見直し図り新規訓練を導入
日本精工(東京都品川区、市井明俊代表執行役社長・CEO)は、2024年元日に発生した能登半島地震で、直接的な被害を受けたわけではない。しかし、増加した製品ニーズに応え、社会的供給責任を果たした。また、被害がなくとも明らかになった課題を直視し、対策を進めている。
2025/04/15
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方