市町村の職員は、「No」を選ぶ方が少なくありません。なぜなら、避難所での生活はその日で終わりというわけではないので、後々までの影響を考えるのです。つまり、不公平という評判が流れるリスクを入れて考えるわけですね。

一方、一般の方は、高齢者や子どもから配るなど、「Yes」を選ぶ傾向にあります。これは1つの例ですが、立場によって答えは変わってくるし、やはり正解はありません。

設問によっては、「正解は必ずあるはず」と批判されることもあります。しかし、考えてみてください。すべての人が正解と思っている状態が最も危険なのです。それは、すべての人にとって「想定外」になっている部分が存在する可能性があるからです。私たちは2011年の東日本大震災で、そのことを経験したはずです。

阪神・淡路大震災が発生したときの神戸市のマニュアルは、全職員の参集を前提としていたため役に立ちませんでした。当時の対応を神戸市のある職員は「『そのとき、その場で、みんなで正解をつくる』連続だった」と話されました。クロスロードは『そのとき、その場で、みんなで正解をつくる』練習なのです。

西澤:私は「正解がない」のが非常に重要だと思います。地区防災計画の策定にあたって、各地の訓練を見てきました。防災は、住民が「我が事」として受け止め参加して初めて身につくものなので、工夫が必要になります。

食料を配るにも立場や置かれた環境によって判断も変わります。この違いを認識してもらえれば被災者も柔軟に考えられるはずです。

矢守:3.11の後に考えたのが個別避難訓練タイムトライアルです。一般的に、避難訓練には多くの人が参加しますが、この訓練は個人または家族で行います。訓練者は、自宅の居間などから自分が選んだ避難場所まで実際に逃げてみます。この一部始終を、防災学習を兼ねた地元の小学生たちが2台のビデオカメラで撮影します。訓練者は、GPSロガーを持っていて、何分後にどこにいたかが地図上に表示される仕組みです。

この訓練にも、すべての人に共通する正解はありません。自ら避難してみてはじめて、その人なりの正解が見えてきます。だからこそ、その人本人が訓練に参加する意味が出てくるわけです。

南海トラフ地震の想定で、最悪の場合、20分程度で津波が襲ってくる地域である高知県四万十町興津地区のケースでは、おじいちゃん、おばあちゃんたちに近くの避難所まで逃げてもらいました。これを動画で撮影し、GPSで記録した避難の軌跡と想定される津波の動きとを合わせて「動画カルテ」をつくります。「動画カルテ」は地震発生からの経過時間に沿って表示され、津波が追いかけてくる様子が一目瞭然ですので、一つひとつの行動や判断が適切だったのか、改善点はどこなのか一目で分かります。