山歩きの「道迷い」をどう予防するか、実際に迷ってしまった時にどう対応するか(イメージ:写真AC)

■身動きが取れなくなったハルト

「おかしいなあ、確かにさっきは目についたんだがなあ…」。ハルトは鬱蒼とした樹林の中で途方に暮れていました。

今回ハルトが目指しているのは、奥秩父の最高峰、北奥千丈岳(2601m)です。ふつう奥秩父の主峰と言えば金峰山(2595m)を指すことが多く、北奥千丈岳は最高峰でありながら知名度は2、3ランク低い位置にあります。いわば隠れた最高峰なのです。

奥秩父の最高峰を目指すハルトだが(イメージ:写真AC)

この“隠れた”にも意味が何通りかあって、「日本百名山ではないから」「標石が置かれていないから」などを理由に挙げる人もいれば、「北奥千丈岳からは山頂の木々に遮られて富士山が見えないから」と主張する人もいます。どれも真実ですから、まさに不遇の最高峰と言えるでしょう。

ハルトとしては、それぞれの理由はともかく、この「隠れた」とか「不遇の」という言葉の持つ響きに孤高の魅力を感じ、なんとしても未踏の北奥千丈岳に登ってみたいものだと一念発起してやって来たのでした。

選んだコースは北奥千丈岳までの行程がわりと渋い大弛林道からのアプローチです。中央本線の塩山駅で下車し、予約していた乗り合いタクシーで山麓の柳平へ。さらに先の林道分岐で下車し、登山口の白檜平まで8キロほど林道を歩く不便なルートでしたが、「この奥深さと不便さ、悪くないぞ」などと思いながら彼は前進しました。

ところが、林道から登山ルートをたどって1時間余り、とつぜん見たこともないような大規模な倒木帯に出くわしたのです。

■夕刻迫る

ハルトの行く手には、おびただしい数の大木が、好き勝手な方向に倒れて道を塞いでいます。どの方向に進めばよいやらさっぱり見当がつきませんが、しばらく見渡していると、前方の木立の間に赤いテープのようなものが見えました。「しめた! あれをめがけて直進すれば登山道に出るに違いない」

ところが、倒木と悪戦苦闘しながら数メートルほど行ったところで顔を上げると、その赤いテープがどこにも見当たりません。完全に見失ったようです。周囲には依然として朽ちた木々が密集し、深い樹林がどこまでも続いています。

「おかしいなあ、確かにさっきは目についたんだがなあ…」。ハルトは近くの倒木に腰掛け、地図を手にチョコレートをかじりながら、何か目印はないかと首の付根が痛くなるほどぐるりと周囲を見渡しました。

大規模な倒木帯に遭遇し方向感覚がマヒしてしまう事態に(イメージ:写真AC)

そして視線を手元の地図に戻した時、うっかり自分のたどってきた方角がわからなくなってしまいました。視線をあちこち移したために方向感覚がマヒしてしまったのです。傾斜があればなんとなく方角がつかめるでしょうが、この辺りはどちらを見渡しても平坦で、登りも下りも分からない。周囲を少し歩き回って元来た道を探そうとしましたが、ますます倒木とヤブに足をとられ、身動きがとれなくなってきました。

こりゃまずいぞ…。時計を見ると間もなく午後3時です。